70 おいくらになりますの?
アセリアは、作業場の中を見回した。
窓から入る陽の光の中で、女性たちがチクチクと袋を縫う。
アセリアは、その中を、ゆっくりと歩く。
「アセリアちゃん!これ、どう?」
「ええ。いいと思いますわ。この糸と合わせると綺麗ですわね」
「でしょう!」
女の子たちが笑う。
世界は光で溢れている。
この部屋は希望で溢れていた。
この調子で、毎年豆が手に入るんだって。すぐに全部の麦畑を、とはいかなくても、周りの畑を使えるようにすれば、麦の質が変わる。
みんなは期待してた。
卵も日常的に食べられるようになった。
ここから生活は変わるんだって、確信があった。
アセリアがテーブルに触れる。
この中で遊び足りないくせに、この中で遊べなくなった気分だ。
アセリアは、ポケットの金貨3枚を握りしめた。
ファエンの隣で、アセリアは賑やかになった広場を眺める。
ファエンから借りた小さな椅子は、今まで座ったどの椅子よりもバランスが悪かった。
バランスを取っていないと、すぐに椅子から転げ落ちそうだ。
「わかってますの」
「ほぅ」
なんの前置きもなく話だすアセリアに、ファエンは関心のある顔を向けた。
アセリアが取り出したのは、金貨3枚。
「木材は、いくらですの」
「木材。橋の材料ね。だいたい、金貨80枚だな」
「技師を頼むとおいくら?」
「技師は金貨20枚くらいで来てくれるんじゃないか?隣の国から連れてくると、倍かかるかもしれないがな」
ファエンが空を仰ぐ。
「あとはそうだなぁ。大工が5人で150ってところか」
むろん、それらをタダで持って来いなどと言えるわけがなかった。
……合わせて、金貨300枚ほど、ですわね。
アセリアが遠くを見る。
塀の上で昼寝をしていた猫が、起き上がり伸びをする。
子供達の笑い声が聞こえる。
1年で3枚。……100年かかってしまいますわ。
何か力になれると思った。
この村のために何か。
村の人たちは、これで十分だと言うかもしれない。
よくやってくれたと。
けれど。
これでは……何も変わらない。
変えることができなかった。アセリアには。
橋一本。
「難しい問題ですわね」
そう一人呟くと、ファエンが隣で苦笑した。
「俺も、橋があったほうがありがたいんだからさ。何かあったら、出来ることはするぜ」
「あら、怖い怖い」
そうは言っても、なかなか難しい問題だった。
お金が貯まれば、力を貸してもらう場所もあるだろうが、この状況では。
やってもらえることといえば、やはり、いい人材、いい材料を見つけてきてもらうことだろう。
絶望を感じながら、アセリアは顔を上げた。
そこには、明日も生きようとする営みがあった。
アセリアは風を受け、涙を押し殺した。
とうとう見えてしまった現実。それほど簡単にはいきませんね。




