66 香袋を作りますわよ!(4)
「お嬢様は、私が連れて帰りますので」
ハルムは無表情だった。
いつもの、仕事の時の顔。
けれど……、なんですかしら。なんだか怒っているような……。
バルドが、すごすごと後ろへ下がる。
理由はわからないが緊迫した状況であるというのに、ウィンリーはなぜかホッとした顔をしていた。
「わ、わかったよ」
気圧されたのか、バルドは力無くそう言う。
ハルムはその無表情のまま、手を出してきた。
いつもと一緒だ。
いつもと一緒の、はずなのに。
アセリアはその視線から、目を離せずにいた。
手を差し出そうとした矢先、その手がハルムに掴まれる。
「…………!!」
そんなことは今までなかった。
ありえなかった。
許可もなく、男性であり使用人であるハルムから、触れてくるなど。
その瞬間、その繋がれた手が熱源ででもあるかのように、アセリアの身体がボン!と熱くなった。
なんですのなんですのなんですの!?
ハルムはいつもと同じ顔だ。
突然、なんですの!?
「ほら、行きますよ、お嬢様」
手を引かれる。
「ええ……」
アセリアは、困ったようにそう答えるしか出来なかった。
暗い夜だった。
月は出ているけれど、それでも、この暗さに慣れなくてはそうそううまく歩けないだろう。
王都の夜より、ずっと暗い。
アセリアはハルムと手を繋いだまま、足元に目をやり、転ばないように歩く。
ハルムは、何も言わない。
やっぱり、怒ってますのよね?
「もしかして、バルドと話していたから怒ってますの?」
「…………」
返事はなかった。
「わたくし、ちゃんと断りましたのよ?」
そこからしばらく間が空いて、
「はい」
とやっと低い声が返ってきた。
「断ってくれて、よかったです」
「そりゃあ、だって。わたくし、ハルム以外の方と歩くことなんて、ありませんのよ?」
「……そうなんですか?」
単調なその声の真意は見えない。
暗闇の中で、ハルムの顔を見ることができない。
「そうですわ。当たり前ですわ」
そう。
わたくしは、ハルム以外の方と歩くことなどありませんのよ。
この手がわたくしを支えてくれるのだから。
明日も。明後日も。
「……当たり前、ですか」
そう言って振り向いたハルムの顔は月明かりの下で、泣いているような、けれど笑っているような、そんな顔をしているような気がした。
坂を降りるところまで来て、掴んでいるハルムの手に力が入った。
それはきっと、坂を転げ落ちないように気をつけてくれている手だ。
けれど、なんだか、手を繋がれているみたいで。
……子供みたいに誰かと手を繋いだことなど今までありませんでしたけれど、もしかしたらこういうものかもしれないですわね。
アセリアは、その繋いだ手に力を入れる。
まるで、手を繋いでいるみたいに。
一緒にいたいと身体で伝え合う、恋人同士みたいに。
月明かりの下で歩く二人は綺麗でしょうねぇ!




