54 変な誘惑はしないで欲しい
夜のことだった。
ベッドの上で寝る準備をしているアセリアを、俺は相変わらず見ないようにしていた。
薄いシャツだけの姿は、露出が多すぎる。
膝より上から見えてしまう姿は、見てはいけないものだと本能が俺に呼びかけた。
外はいよいよ春真っ盛りで、そよぐ風が新鮮な草の匂いを連れてくる。
月の出た穏やかな夜だった。
そんな日の夜に、アセリアが突然言い出したのだ。
「一人では眠れませんわ」
「え?」
聞き間違いだと思った。
「なんですか、お嬢様」
けれど、アセリアはもう一度それを口にした。
「一人では眠れませんの」
ちょっと待て。待て待て待て。そんな意味のわけないだろ。落ち着け俺。
これは、寂しがってるだけだ。
ってか、いつも一人で寝てるだろうが!!
「こっちに来てくださいませんこと?」
「はい」
条件反射のように返事をする。
違う違う違う。
妙な想像をしてしまう自分を戒める。
「では、ここにいますので」
微妙にベッドから離れたまま、椅子に座った。
アセリアが、布団の中からこちらを覗く。
視線が合うことが、妙に気まずかった。
「違いますわ」
シャツの隙間から鎖骨が見えた。
「こちらへ、来てくださいます?」
アセリアが、布団をめくる。
シャツのまま横になっているアセリアの身体が見えた。
「なん……それは……行けないと思います」
身体が熱くなる。
部屋が暗くてよかった。察しているかもしれないが、全てを曝け出すよりは幾分かマシだ。
「そうおっしゃらず!」
もし、勘違いじゃなかったら?
もし、本当に誘ってるんだったら。
俺は……。
俺は…………?
ゴクリ。
慎重にベッドの端に膝をかける。
そっと。
「お嬢様…………?」
息が止まりそうだ。
ベッドに手を突く。
静かな部屋だった。
静かな部屋の中で、アセリアの髪の揺らぎと、息遣いが視界を奪う。
煌めくようなまつ毛が揺れて、その奥の瞳と目が合う。
「じゃっ」
……じゃ?
「じゃあ、寝ますわよ!!」
アセリアは驚くほど大声で言うと、後ろを向く。
……寝るのか。
それはそうだよな。
突然こんな展開になるはずなんかないんだ。
とりあえず、ここまで来たからには布団に入るしかないか。
モゾモゾと、それでもアセリアに触れないように布団に潜り込む。
ドキリとする。
その温かさに。
その距離に。
これは…………。
それは、思った以上によろしくないものだった。
アセリアの髪が鼻先をくすぐる。
バクバクと心臓がうるさい。
なんでこんなことになったんだ。
お嬢様はバカなのか?
「お嬢様?」
声が上ずる。
「どうなさいましたの?」
くるりと振り向いたアセリアの顔は、思った以上に近かった。
鼻先が掠めそうになる。
「あ…………」
アセリアも、さすがにこの状況に気付いたらしい。
二人で真っ赤になる。
ハルムは、慌ててアセリアに触れないように後ろへジリジリと下がった。
「じゃ、じゃあ、もう行きますね!」
ハルムは慌ててそう言うと、転がるようにベッドから落ちる。
「え、ええ」
ベッドの上から、そんな返事だけが返ってきた。
なんだったんだ……。
本当に、お嬢様はバカなのか?
今までで一番近いやつ!




