48 黒い橋は、本当に黒いんですのね
黒い橋は村から小屋の前を通り、それほどかからないところにあった。
「こんなところを流れているんですのね」
林を抜け緩やかな坂を登りきると、魚でも泳いでいそうな川が流れているのが見えた。
春も真っ只中の小川は、光を反射し、キラキラと輝いている。
川上に上れば気高い山がそびえ、川下に下れば村の娘たちが洗濯をするのに出くわす。
そしてその3メートル程の川の真ん中に、その橋はあった。
「確かに、名前の通り"黒い橋"ですね」
その橋は色が黒かった。
木製である上に、長い年月が──雨が、雪が、その木を黒く染め上げていた。
分厚い木だ。
けれど、歪み、所々こぼれ落ちるように木が削れている。
アセリアが足を踏み出そうとした時、ハルムがそれを手で制した。
「私が行きます」
どうして、橋を渡るだけで、ハルムがこれほど真剣な顔を?
不思議に思ったのも、ほんの一瞬のことだった。
ギギギギギギギ。
その橋が、大きく唸る。
「なんですの……」
口からこぼれ落ちたのは、驚愕の声だ。
「行かなくて結構ですわ」
ハルムも二歩目を踏み出す必要はないと判断したようで、一歩で引き返した。
音だけではない。
橋はハルムが足を踏み出しただけでグラリと揺れた。
それほど深い川には見えない。
けれど、橋が落ちただけで、どれだけの被害があるかはわからない。
美しい景色の中にその異様な物体があることが、一層不気味に思えた。
「こんな橋を渡ってきたんですのね」
アセリアの頭に、考えてはいけないことがよぎる。
「……公爵は、こんな場所だと知っていてここに送ったのですかしら。本当に……、あっさりと見捨てられるような存在だったのですわね……」
「そうかもしれません」
ハルムは、アセリアを慰めることはしなかった。
「けど、私たちは生きるんですよ。この場所で」
「そうですわね」
泣くわけにはいかなかった。あんな、父だった人のために流す涙は持ち合わせていない。
ハルムは強いですわね。
ここに来るまでもずっと一緒に居たはずですのに、知りませんでしたわ。
息を大きく吸う。
これが、これから二人の肺を満たしてくれる空気だ。
「それにしても、想像以上ですわね」
そう、ため息を吐くしかない。
そんな橋だった。
「白い橋は、実際白っぽいんだよ。石で出来てるからね」
村へ戻った二人に、村長がそう教えてくれた。
「あの木の橋は、どうにかしないといけませんわ。確かにあれでは、商人は渡りたいと思えませんもの」
それどころか、人間が渡るのさえ危ない。
今日は大丈夫でも、明日は大丈夫とは言い切れないという緊迫感のある橋だ。
「あの橋は、作り直せませんの?」
村長が、空を見上げて「うぅ〜ん」と唸る。
「知っての通り、冬越しに木は必需品だ。橋を作るとしたら、かなりの量になるだろう。それに、うちの村には橋を作った経験者がいないんだ。橋を作れる人間を雇わないといけないが、そんな金はないんだよ」
思った以上にボロボロの橋。時々村民が渡っているらしいことすらハラハラするほどの橋です!




