44 遠くまで畑を使わないのですの?
横に流した髪の先で赤いリボンが揺れる度、少しだけ足取りが軽くなる。
そういえば、あまり贈り物というのは受け取った覚えがない。
贈り物を受け取るような歳には、もう王子の婚約者だったので、立場上、あまり個人的な贈り物をもらうわけにはいかなかった。
そこまで懇意な友人を作ることも許されなかった。
王子から贈り物をいただくことはあっても、それは大抵、観衆向けの飾りだった。
王家の宝物庫から取り出した、王が選んだアンティークの髪飾り。観衆の前でだけ身につけることが許され、後はルーシエンの宝物庫に入れられた。
そうすることで、貴族たちは喜んだ。王は貴族たちを大切にしていると。あれはそういう、象徴なのだと。
個人的な贈り物は、初めてのものだ。
青い空の下。
畑の脇に立っている間も、リボンの存在に意識を寄せる。
少し離れたところで、ハルムが雑草取りに精を出している。
「アセリアちゃん」
突然声をかけられ振り向くと、そこに居たのはバルドだった。
「ごきげんよう」
少し離れた所には麦畑が広がっている。粉屋としてそれを見に来たのだろう。
「小麦を育ててますの?」
「うん。みんな毎日パンを食べるから」
アセリアは、畑を眺める。
遠くまでなだらかな土地が広がっている。
けれど、作物が出来ているのは、あまり広い範囲ではない。
「どうして、遠くまで畑を使わないのですの?」
それは、ずっと抱えていた疑問だった。
ニンジンを植えたときも、あまりにも少なすぎた。
「あまり育たないんだ。肥料が少なくて。休耕しているんだけど、なかなかね」
「そうなんですのね」
「せめて牛が増えればいいんだけど」
「輪作は、どうしてますの?」
「輪作もしてるよ。麦畑に時々ニンジンを植えるんだ」
「ニンジン……」
豆を入れないといけないのではありませんかしら。これはあとで、ハルムに相談してみるべきですわ。
「そのリボン、かわいいね」
突然、バルドがそう口にする。
つい、リボンに手をやっていたことに気付き、少しだけ恥ずかしくなった。
「ええ。……気に入ってますの」
口にすると、心の中で小さな嬉しさが弾ける。
バルドが訳知り顔の笑顔を見せた。
……好みを態度に出してしまうなんて、少しはしゃぎ過ぎましたかしら。
ふと気付くと、バルドがアセリアの背後を見ている。
何かありましたかしら。
くるりと振り返ると、ハルムが、こちらをじっと見ていた。
……会話が聞こえるはず、ありませんわよね?
ゆっくりと、いつもの仕事の顔で近付いて来るハルムは、いつになく静かに思えた。
……聞こえたわけじゃ、ありませんわよね?
「お嬢様」
「どうなさいましたの」
「行きましょう」
ハルムは、まっすぐにアセリアを見ていた。
いつになく、まっすぐに。
視線を逸らさずに。
「ええ……わかりましたわ」
いつもと、何が違いますの?
ハルムが差し出した手に、指先を乗せた。
ハルムは、バルドを見ていたようだった。
リボンが気に入ったようですね!よかったね!




