40 買い物にいきますわよ!(1)
コンコン、とその日の朝、小屋の扉はノックされた。
「まあ、どなたですかしら」
こんな小屋といえど、訪問者が来るのはちょっとワクワクしてしまう。
仕事のときの無表情でいるハルムが、すかさず扉へ向かう。
「どちら様ですか」
ハルムが、扉を開ける前に声を掛ける。
なるほど、ああすれば知らない人に扉を開ける必要がなくなるわけですわね。
優雅にスープを飲みながら、ハルムの様子をうかがう。まあ、おわんから直接すするのでも、やりようによっては優雅に見えるはず。
「あたし!」
扉の向こうからは、予想外の声が聞こえてくる。
「ウィンリー!」
少し柔らかい雰囲気になったハルムが、嫌々ながらも扉を開ける。
確かに執事としては、主人の食事中に来訪者の扉を開けるのは嫌だろう。
ギ、ギギ、ギーィ。
建付けの悪い扉が、いつも以上に悲鳴を上げながら開く。
「アセリアちゃん、アセリアちゃん!」
ウィンリーがアセリアに飛びつくように駆け寄ってきた。
この人懐っこさにも少し慣れてきた自分を不思議に思う。
「今日は商人が来る日だよ!」
かくして、二人は村の広場へと向かったのだった。
「これほどの人が、この村にいたのですわね」
アセリアが感心するほど、広場は人でごった返していた。
娘たちが新しい服を見せ合い、キャアキャアはしゃいでいる。珍しい食材に目を輝かせているおじさまがいる。いつも畑にいるオタルさんも、新しいクワに興味津々だ。
「あの辺り、ですかしら」
広場の中心はより一層人だかりが出来ていて、近付くのも一苦労。
どうやらその中心で、商人は店を開いているらしかった。
「見えません、わね」
「そうですね」
これまで、買い物といえば家に来てくれるものだった。
自分から商人に出向くなんて初めてのことで、どうすれば商品が見えるのかもわからない。
二人でぽやっとしてしまっていると、ウィンリーが、
「いきましょ!」
と声を大きくして、人垣に突っ込んでいった。
「ああするんですのね」
「じゃあ、いきましょうか」
「わたくしは行きませんわよ?」
ハルムもあの人垣に少し引いているのか、あまり強くは言って来ない。
「何してるの!早く!」
強引なのはウィンリーの方だった。
人垣の中に、比較的背の高いバルドも見える。
行くしかないですかしら。
アセリアがウィンリーの方へ向かった瞬間、アセリアのすぐ隣に立ったのはハルムだった。
「仕方ありませんね。私が守るので、お嬢様はどうぞいつも通りに」
「え、ええ。お願いしますわ」
戸惑いながらも、前へ進み出る。
思ったよりも、周りの人はアセリアたちを避けてくれた。
「おはよう、お嬢さん」
「兄ちゃん、おはよ」
思ったよりも、なんてことありませんのね。
そう思い、気を抜いた瞬間だった。
ボールを持っていた村民の一人の手が、アセリアの方へ振り下ろされたのだ。
「きゃぁっ!」
思わず目を閉じる。
「ぅ〜〜〜〜〜〜〜〜……」
そうですわよね、こんな場所ですもの。事故も暴力沙汰もまったくないわけありませんものね。それにしても痛いのは嫌ですわ。ハルムは守ってくださると言いましたけど、ハルムは腕力はあまりありませんもの。無理なこともありますわ。それにしても、手が振り下ろされるのが遅いですわね。
恐る恐る目を開けてみれば、目の前にあったのは、ハルムの手だった。
ハルムの手は、ボールを持った腕を掴んでいる。
「危ないですね」
振り返ったその腕の持ち主である男性が、
「おおっと。悪い悪い」
とボールを持っている腕を引く。
ハルムの胸が。腕が。すぐそばにある。
ち、近いですわね。
けど本当に……、守ってくださったのですわね。ハルムが。
アセリアは、そっとハルムの顔を覗き見る。
やっと、服やらスプーンやらが買えるのでしょうか!お金はないですがね!




