39 夜の空気に触れれば、あの光景を忘れられそうだ
アセリアが寝静まった夜、ハルムは壁際に座り込んだ。
真っ直ぐ前には、アセリアが眠っているベッドが見える。
「うぅ〜ん」
気持ちよさそうな声をあげ、アセリアが寝返りを打った。
布団から、アセリアの何もつけていない足が見えた。
ハルムは、パッと目を逸らす。
無防備すぎる。
本来なら、執事として布団をかけてやるくらいの余裕があるものなのだろうが、ハルムにはそうもいかなかった。
頭のてっぺんまで熱くなる。
きっと、目の前にしたら、それに釘付けになってしまうことだろう。
執事として、そんなことをするわけにもいかなかった。例え、主人に気付かれていないことだったとしても。
床の木目に触れる。
アセリアの足は、頭の中から追い出さないと。
それでも、心の中の大半で、アセリアの存在を確認している自分に気付く。
アセリアに、あんな奴が寄ってくるなんて予想外だった。
いや、顔はいいのだから、こういうこともあるのだと警戒しておくべきだった。
これは……、これは、執事としての仕事だ。
心配なのも、執事だからに他ならない。
誰だって、主人に近付く不審者は煙たく思うはずだ。
……貴族で婚約者だったりするのなら、まだしも。
「本当に、気に入らない」
膝を抱える。
そう、アセリアはまだ世間知らずだから。俺が守らないと、いけないから。
バルドとアセリアが二人でいた光景を思い出す。
もっと早く、粉屋まで行ってみればよかった。そうすれば、二人で歩かせることも、あそこまで接近させることもなかったはずだ。
苛立ちが駆け巡る。
なんだ、これ。
こんな気持ちになったのは初めてのことだった。
アセリアにもっと親密な関係の相手がいたとしても……例えば王子とアセリアが一緒にいる時でも、こんな風に感じたことはなかった。
ただ、あの粉屋とアセリアが一緒にいることに関してだけ、不快感が膨らむ。
嫌な感情だ。
こんな嫌な感情は、忘れるに限る。
ハルムは立ち上がると、アセリアの服を洗うべく、外へ出ていく。
一定以上近付く気になれないアセリアの寝顔を遠くから確かめ、その頭を撫でることができない自分を、苦々しく思う。
別に、余計な感情を抱いているわけではない。……ましてや、恋愛感情などはない。
ハルムは、これから洗うアセリアの泥だらけの服を見た。
俺は……俺は、アセリアを認めているだけだ。
環境が変わっても、ブレることのない芯の強さに。毎日泥だらけになってでも生きようとするその姿に。
それに、アセリアは危なっかしくて、一人放っておくこともできない。
俺がいる以上、放っておく必要もない。
これは、この関係から逸脱した感情ではないはずだ。
ハルムは、夜になるとまだ冷える空気を肌で感じ、家の裏手へと回る。
桶に水を汲むと、その中にアセリアの服を放り込んだ。
アセリアに気付かれないよう、アセリアが眠ってからコッソリと仕事をしています。そしてコッソリ床で眠ります。




