36 わたくし、二人のために何か手に入れてみせますわ!(2)
若い女性たちが洗濯をしている川を遡ったところに、その水車小屋はある。
近付けば近付くほど、水車が水を掬うせせらぎや、その力で粉をひく音が聞こえてくる。
青空の下で響くその音は、どこか安心する音色を持っていた。
「ここが俺の家。何か持ってれば小麦粉と交換できるよ。みんな自分の家でパンを焼くからさ、基本的には粉と交換してるんだけど、お年寄りたちのために毎日パンも焼いてる」
そして、バルドは頑丈な木の扉をくぐり、棚の上を見回した。
「今日はまだパンがあるから、もしよかったら何か持ってきて」
「ああ、さっき採った赤い実ならありますわ」
ポケットから木の実を取り出す。
「クコの実だね。この時期に採れるなんて珍しい」
「あたしの秘密の場所なんだよね〜」
「これなら、パンを2つと粉をあげられる」
と、バルドは大きな麻袋とパンを取り出してきた。
「あら、感謝いたしますわ」
アセリアが麻袋を持ち上げようとする。
「む……」
ひと抱え程度の麻袋なのだけれど、アセリアの力ではびくともしない。
「お……重いですわね」
「ははっ」
と笑ったのは、バルドだった。
「しょうがないな。俺が持っていってやるよ」
なんですの?婚約者でも夫でも家族でもない方が、わたくしの隣を歩こうとしてらっしゃるの?失礼ではありませんの?
「遠慮いたしますわ」
「え?」
目の前の二人が、声を上げる。
アセリアは、ツンと鼻を上に向けた。
「わたくし、男性と二人で歩くわけにはまいりませんわ」
「あ〜」
ウィンリーが納得の表情をする隣で、バルドが眉を寄せる。
「もしかして、どっかのお嬢さん?」
「いいえ。しがない平民ですわ」
「そりゃあ〜、だってね〜。アセリアちゃんにはね〜」
ウィンリーがニヤつく。
「だって?」
「なんですの?」
ウィンリーがピコン、と人差し指を突き立てる。
「じゃあ、あたしもついてったげる」
「まあ……それならいいですわ」
と、三人で小屋まで歩いていくことになった。
ウィンリーとバルドは仲がいいようで、話が弾んでいる。
横でそれを聞いているアセリアも、珍しい雰囲気に耳を澄ますことに、新鮮さを感じた。
ハルムと二人でいるときは、こんな風に話が弾んだりしない。
「あ!」
広場の真ん中で、ウィンリーが声を上げた。
「あたし、今日は母さんに洗濯頼まれてたんだった」
そう言うと、返事を聞くのもそこそこに、ウィンリーは後ろ向きに走っていく。
「ごめーん二人とも!じゃあまたね!」
「え?そんな。困りますわ」
こうなると、男性と二人きりになってしまう。それも、ついさっき出会ったばかりの男性だ。
ここから走ってハルムを呼びに行くわけにはいかないだろう。かといって、広場の真ん中に小麦粉を放置するわけにもいかない。
なんですの!?困りましたわね。ハルムがすぐに来てくれるなんてこともないでしょうし。
ため息を吐いて、仕方なく小屋へと歩いて行く。
「しょうがないやつだよね」
「ですわね」
「アセリアちゃんは、」
「なんですの!?」
「へっ!?」
突然、名前を呼ばれたことに、つい険しい目で見てしまう。
「ご、ごめん。……ウィンリーがちゃん付けで呼んでたから」
「ああ……」
けれど確かに、わたくしはもうルーシエンでも、アセリア嬢でもなんでもない、ただのアセリアなのですわね。
「そう、でしたわね」
笑顔を作った、つもりだった。
わたくしは笑顔を、ちゃんと作れていますかしら。
貴族は簡単に異性と歩いたりしませんからね!




