30 大変ですわ!小屋での雨は、優しくありませんわね!
雨の日というのは、大きな窓からいつもとは違う景色が見える、少し楽しい日だった。
水滴に濡れた馬車や木や石畳みが、暗い中にキラキラと輝いて素敵だった。
窓の外から漏れる少し湿っぽい空気や、シトシトという微かな音が好きだった。
けれど、この馬の餌小屋での雨といったら。
アセリアは、窓からいつもより陽が差さない朝の空気を、いつも通り、ベッドの上で下着姿で迎えていた。
雨だ。
そんなことは、外を見なくてもわかる。
だって、すごい音だから。
雨が窓を叩く音。屋根を叩く音。
雨の日の静かな印象が、塗り替えられた朝だった。
「うるさいですわね」
「そうですね。私もこれは初めてです」
ハルムが、後ろを向いて、何か作業をしていることに気付く。
アセリアは慌てて布団をかき集めると、ぎゅっと身体を隠した。
服はいつも通り、洗ったものが置いてある。
「服を着ますので、こっちを見ないでくださいませ」
「……わかりました」
モゾモゾと服を着て、なんとか見られてもいい格好になる。
「それにしてもこれは、まずいですね」
朝食を食べながら、ハルムが上を向いて呟いた。
「何がですの?」
「屋根、です」
「屋根?」
そんな会話をした直後のことだった。
ピチョン、と部屋の中で、なんだか嫌な音がした。
ふと見ると、床に小さなシミが出来ている。
「なんですの!?」
え、あれはなんですの?何もなかったところにシミが……。もしかしてもしかして、あれが昔メイド達が怖い怖いと話していたゴブリンの足跡的なものなのではなくって!?まさか見えないようにこちらに近付いて悪いことをしようと?お、恐れませんわよ?けど、見えないのでは対抗する手段がわかりませんわ。
「雨漏りですね」
「アマモリですって?」
「そうです。屋根が壊れていたでしょう。雨が屋根を突き抜けて入ってきてしまっているのです」
「屋根が……?」
ゴブリンじゃありませんでしたのね!?
アセリアは、誤魔化すために一際大きな声をあげた。
「ああっ!雨漏りですわねっ!!」
キョトンとした目をこちらに向けているハルムと目が合う。
さらに誤魔化すため、声を上げた。
「屋根を修理しなけれなりませんわね!!」
ハルムに、「ふっ」と笑われた気がした。
雨漏りなんて見たこともありませんのよ!?
「ええ。ですがお嬢様、雨だと修理が出来ませんので、今日のところはこれをなんとかするのがメインになりますね」
「……そうですわね」
かくして、金具が外れそうな桶は、その雨漏りの下へ置かれた。
ポタン、ポタン、と時々落ちてくる水を、アセリアはじっと眺める。
雨は止みそうにない。
外にも出られず、今日は作ってあるスープだけでなんとか過ごす必要がありそうだ。
こんな雨の日があるなんて、知りませんでしたわ。
部屋の中に、ハルムの存在をただ感じるだけの一日。
刺繍の道具も、本の一冊もなく。
おかしな日ですわ。
アセリアは、ベッドに座って雨の雫を見つめている。
ハルムも手持ち無沙汰のようで、テーブルに肘をついては、ぼんやりとしていた。
その時、その空気を味わうのもそこそこに、ポタン、とどこか違う場所で、また音がした。
「!!」
二人して、音がした方を振り返る。
「今度はそこですね。何か受けるものを探してきます」
「ええ、お願いしますわ」
アセリアが一人になったところで、ポタン、とまた違う場所で音がする。
いけませんわ!
慌てて手で受け止めようか悩み、アワアワしたところで、薄い皿のようなものを持ったハルムが後ろからアセリアのそんな光景を眺めてなんだかニッコリしていたことに気付いた。
恥ずかしさで少し目を逸らす。
「手伝っていただき、ありがとうございます。お嬢様」
「こ、こんなのなんでもありませんわ」
いよいよ壊れた屋根を直す日が来たのではないでしょうか。




