3 追放の馬車の中はなんて静かなんですの
追い出されたのは夜だった。
夜会から戻る馬車と同じように、灯りもなく暗い馬車の中。
ただ、きらびやかな装飾と柔らかなクッションを備えた家の力を誇示した馬車とは違う。
ただ囲われた木の板。
硬い木の椅子。
品物自体は良いのだろう。
分厚い木の板は、これ以上ないほど滑らかに弓なりに削られている。
さすが、ルーシエンという他ない。
けれどそれでも、使用人が買い物で使うような馬車であることに変わりはない。
こ、こんな屈辱初めてですわ。
わたくしをこんな貧相な馬車に乗せるだなんて。ガタガタガタガタあちこち痛いじゃありませんの。
その上、なんでこの人はこの馬車の中にいますの?
そう、なぜだか分からないが、目の前には夜会での馬車と同じように、執事のハルムが居た。
いつもと同じように、景色と同化している。
途中で逃げないよう見張るための監視役だろうか。
行き先は決まっている。
ギルライン伯爵が治める北方の土地アエリンの端にある小さな村だ。そこにルーシエンが持つ屋敷があると聞いている。
屋敷が用意されているのならば、そこに行くしか道はないと思うのだが。
父は、そこまでアセリアを信頼していないというのか。
ただ、数時間かかるなだらかな道を越え、馬車は北へと走った。
屋敷へ着くのは深夜になるだろう。
事前に知らせを送る時間もなく、馬車を走らせてしまっている。
食事は用意されているだろうか。
正直、夜会では一口も食べることが出来なかった。普段からそうなのだ。綺麗なドレスを着て、食事に手を出すことは出来ない。大人は酒を飲んでいることも多かったけれど、未婚の女性が酒を飲むことはない。
服だって必要だ。
夜会のドレスはシルエットを綺麗に見せる為に、締め付けがキツくなっている。これほどキツいふわふわとしたドレスでは、寝ることもままならないだろう。
馬車は小さな森を抜け、大きな花畑を通った。遠くまで見渡せる丘と、畑の中を通った。
馬車の中は静かだった。
いつもそうだ。
アセリア付きの執事がいるといっても、必要なこと以外の会話をすることはない。予定の調整、文具などの買い物についてなどの会話ばかりだ。
最後だというのに、やはり会話はなかった。
どちらにしろ、アセリアはもうルーシエンではないのだ。ルーシエンの執事に、何の用事があるというのだろう。
馬車が村に着いたのは、やはり深夜のことだった。
執事のエスコートで馬車を降りると、馬車はさっさと走り去ってしまった。
「あなたはすぐには帰りませんのね」
尋ねると、いつもの無表情で、
「私も一緒に追放されましたからね」
なんて言う。
「…………」
「…………」
驚きのあまり、一瞬、キョトンと顔を見合わせてしまった。
「そうなんですの」
やはり、アセリアの執事だったことが影響したのだろう。
使用人の再就職先すら紹介する間もなかったのが悔やまれる。
「で、屋敷は何処ですの?」
周りを見渡す。
目の前には、馬の餌入れか何かのような小屋があるだけで、肝心の屋敷が見えなかった。
「ここのようですね」
「何処ですの?」
周りが真っ暗だからだろうか。
屋敷がどこに建っているのだろうか。
そこで、ハルムが小さな腰までの門戸を開けた。
「ここですよ」
ここ?
目の前には馬の餌入れしか見えない。
いえ、逆に考えましょう。つまりこれは……。
まさか。
まさかまさかまさかまさか。
「この……小屋がそうですの?」
この馬の餌入れのような小屋が?
小屋の扉は壊れているようで、鍵がまともに閉まるのかも怪しい。
窓の向こうは真っ暗で、人が居るようにも思えない。
「そのようですね」
小さな小屋の前で、アセリアはハルムと共に呆然とするより他になかった。
ブクマとかリアクションとかしてくれると嬉しいな!
追放され、すでに二人きりですが、問題ありありですね。




