29 掃除をすると心まで綺麗にしてくれますね
棚の上、テーブルの上、暖炉の上。
キッチンの中、床の上。
手が届くところから、布を使って拭いていく。
屋敷のメイド達は他に埃を払う道具を使っていたはずだけれど、そのようなものはこの小屋にはないようだった。
アセリアも、
「うう〜ん?」
なんて呟きながら、棚の上を拭いていた。
後ろ姿を見守る。
アセリアの一つに纏めた髪が揺れる。
今まで8年一緒にいたけれど、あんな風に髪がぴょこぴょこと揺れるのを見たのは初めてだった。
誰がなんと言おうと、アセリアは頑張っていた。
生きようとしていた。
一生懸命な横顔を見ると、素直だな、なんて思う。
時々文句は言うものの、真面目にやらないことなんてなかった。
その姿に見惚れて、目が合いそうになる。
こちらを向いたアセリアの視線を避けて、慌てて目を逸らした。
「屋敷も、こんな風に誰かがお掃除をして、あんなに綺麗だったのですわね」
アセリアが、しみじみと呟く。呟いた声が、部屋の中に温かく溶けた。
「そうですね。やってみないと、私も分からなかったと思います」
とはいえ、掃除自体は嫌なものではなかった。むしろ不安だった心ごと、綺麗になりそうな気さえした。
知らなかった。アセリアとする掃除が、これほど楽しいものだとは。
この新しい生活は、正直嫌なことは何一つなかった。生活を立て直さないと、なんて義務感のようなものはあるものの。
毎日に新しい発見がある。
見たことがないものも、この世界にはこれほどあったのだ。
背伸びをして壁を拭こうとしたところで床に転がるアセリア、とか。
今までどれだけ一緒に隣に居ても、どれだけ一緒に勉強をしていても、そんな姿を見ることなんて叶わなかったはずだ。
「ふっ」
と笑ってしまう。
最近の俺は、ポーカーフェイスを作るのが下手になったみたいだ。
アセリアと同じタイミングで、王城へ上がれるよう、這いつくばるように勉強をしてきた。
屋敷の小間使いに、家の管理、語学、計算、政治、経済などなど。
それで満足していた。期待にも応えたいと思っていた。期待にも応えられる、と。
過去を否定するつもりはない。
あの過去があってこその今なのだから。
けれど、世界はそれだけじゃなかった。
アセリアについても、あれが全てではなかった。
なんて人生なんだ。
「ハルム、服を脱いでもよろしいですわよね?」
「宣言したら脱いでもいいわけじゃないんですよ?」
「けど、こんな埃だらけの服で食事だなんて、食事に対する冒涜ですわ」
「裸で食事するのは、何に対する敬意なんです?」
「な……っ、ちゃんとキルトは巻きますわよ」
「それだとうまく動けないでしょう。食べさせましょうか?」
「ええ、お願いしますわ」
「……お嬢様はバカなんですか?」
「あなたは生意気な執事ですわねっ」
だんだんと住める場所になってきましたね!!




