22 さあ、行きましょう
アセリアを見るなり、ハルムはギョッとした。
アセリアが、泣いていた。
泣くのを見るのは初めてだ。
今まで、確かに顔をまともに見たかどうかも不明なくらい、何をしていてもサラリとしていた。
先生から出された問題にうまく答えられなかった時も、父に勝手に予定を立てられ困っていた時も。
いつだってアセリアは、泣くどころか困った顔一つ見せることはなかった。
「……どうかしましたか」
アセリアは、声もなくポロポロと涙をこぼす。
青い空の上を雲が行く。木のざわめきが聞こえる。
「わたくしは、死んでもいいと思われておりましたのね」
「誰、に……」
アセリアの言葉に驚きつつも、そう言った瞬間、誰のことだか理解してしまう。
アセリアは、小屋を見ていた。
アセリアこの小屋に追いやった人物……。
「メイドの一人もいない小屋。お金もない。食事もない。薪の保存は最低限。掃除をした形跡だってない。田舎へ追いやるだけなら、メイドや執事のいる屋敷がいくつもありますのに。領地の片隅だってよかったことですのに。お父様は……」
そう言った瞬間、またアセリアの瞳から、涙がこぼれた。
確かにそうだった。
たまたま俺が同じ問題で家を追い出されたから、同じ馬車に乗ることが出来た。
けれど、そうならなかったら、アセリアは一人、この小屋の前に立つことになっただろう。夜中にドレスの女性が一人。あまりいい想像は出来ない。
公爵は、それでよしとしたということだ。恥になるくらいなら、いっそ死んでほしいと。
否定はできない。
自分だって、家に捨てられた身だ。
家すら用意してもらえず、ルーシエンを出るため足を運んだ屋敷で、荷物を見ることも出来ずにそのままアセリアの馬車に乗せられた。
あの馬車に乗れなかったのなら、一人、のたれ死んでいたかもしれない。
それでいいと思われたのだ。アセリアも、俺も。
「けど今は、私がいますから」
ハルムがそう言うと、ポロポロと涙をこぼしたままアセリアがこちらを向いた。
キョトンとした顔で。それでも涙だけはとめどなく粒になって落ちた。
何を考えているのやら。
ひとしきりじっとこちらを見た後で、アセリアは、
「そう、ですわね」
と、それだけを口にした。
今やっと、俺がいることに気付いたみたいに。
心なしか少し柔らかくなった瞳でこちらを見るアセリアに手を差し出す。
「さあ、行きましょう」
お互い服装も肩書きももうすっかり一般市民で、このエスコートはエスコートと言ってもいいものだろうか。
ただ、手を繋いでいるだけになるのかもしれない。
そんなことを思いながら。
それでもおずおずと手の上に乗せられた華奢な手を、恭しく扱う。
指先だけで軽く触れ合う。
少し大袈裟に、演じてでもいるかのようにアセリアの指先を捉えたまま、家の門まで歩く。
不思議そうな顔をするアセリアを、門の外までエスコートし、ハルムは恭しく頭を下げた。
何もないところからの二人三脚ですね!




