18 泥を洗い流しましょう(1)
「裏に井戸がありますから」
と、ハルムはアセリアを小屋の裏手へ連れて行った。
バシャァ!
と、アセリアの足に盛大に水をかける。
「きゃあああああ!」
アセリアは半泣きで、ペチペチと足踏みすることになってしまった。
「冷たいですわ冷たいですわっ」
もっと暖かい時期なら、頭から水をかければ済むことかもしれなかったけれど、流石に足を流しただけでこれでは、そうもいかない。
ありがたいことに目の前には、ほどほどの薪が積んである。
小屋には風呂はないが、キッチンには薪用のオーブンがあるので、水を温めるくらいなら出来る。
「では、お湯を作るので、待ってくださいね。足の泥はそこそこ落ちたので、中でお湯で洗いましょう。それまでに、中で服を脱いでいてください」
そう言ってハルムは、井戸のそばに放置してあった金具のはずれかけた木桶を取り上げた。
キッチンで火を起こす。
火起こしは得意ではなかった。
けれど、ルーシエン家に入ってからは、見習いの頃から色々なものをかじらされてはいた。
乗馬、簿記、ピアノ、裁縫など。火起こしとナイフの使い方は、公爵の狩りについていったときに教わったものだ。
井戸水を入れた鍋を火にかける。
後ろで、衣擦れの音がした。
瞬間、ドキリとした。
無意識に耳をそばだてる。
いや、それはダメだろ。
自分に言い聞かせるけれど、後ろでアセリアが服を脱いでいると思うと、どうしても落ち着かなくなってしまう。
クソ……っ!どうしてキッチンに扉がないんだよ。
幸い、ベッド脇に大きなキルトが置いてあったので、裸のまま椅子に座らせることにはならずに済んでいるけれど。
早く、どうにかして替えの服を手に入れてやらないと。このままでは俺の方がまいってしまう。
風呂がないから、せめて大きな桶が手に入ればいいのだが。カーテンも付けないと、いつまでも窓の汚れでやり過ごすわけにもいかない。ほどほどに大きな小屋で安心はしていたが、外から見るとどうにも屋根がぐらついているように見える。
やることはきっと山ほどある。
その瞬間、盛大に泥を含んだ服が、トサッとどこかへ置かれた鈍い音がして、一瞬のうちに想像上のアセリアの姿が頭の中を駆け巡る。
きっとあの薄い下着姿だ。素足を晒して。胸元を晒して。泥だらけの金色の髪に困った顔をして。キルトを身体に巻き付けるだけで悪戦苦闘するんだろう。
あああああああああああああ……!もう!
自分に嫌気がさしつつも、鍋があったまっていくのを見届けた。
「お嬢様!準備が出来たら知らせてくださいね!」
後ろを向いたままで、声を張り上げる。
すると、後ろから慌てた声が返ってきた。
「ちょ……っ、ちょっと待ってくださいませ!……んっ!も、もうちょっと……っ」
うわああああああああああああ!!
顔が熱くなるのを感じる。
アセリアは、やはり何かに悪戦苦闘しているようだった。
そしてそれは、妙な妄想を働かせているときに聞いてはいけない声だった。
続きます!




