17 泥は洗い流しませんと!
「これで……終わりですのね」
アセリアがフラフラと辺りを見回した。
辺り一面、被せた藁でいっぱいだ。
それでも、この村を賄うので精一杯なんじゃないかと言えるほどだった。
ドサッと隣でハルムが地面に座り込む。
「まあっ!」
それに、アセリアは驚いてしまった。
「椅子もないところで座るなど、はしたないじゃありませんの」
「ここには、椅子なんてないんですよ。お嬢様」
周りを見ると、服装に限らず、地面に座って休憩しているようだ。
ここは、郷に入れば郷に従え。……まあ、捨ててしまわないといけない矜持などどうでもよくなるくらい、正直立っているのが辛いだけなのだけれど。
「仕方ないですわね」
ぽすん、とハルムの隣に座った。
地面に座るなんて、これが初めてだ。
子供の頃は、やっている子もいたけれど、その中に入れるほど暇な時間もなかった。
地面に座っているというのに、目の前の空がよく見えた。
地面の草は、思いの外柔らかい。
「い、意外と、居心地いいですわね」
小さく呟いた。
ハルムが、
「そうですね」
と返事をする。
ハルムの顔は見なかった。
見なかったけれど、無表情のいつものハルムより、なんだか感情が溢れた言葉のように聞こえた。
結局、キャベツ、ルッコラ、チャイブをいただいて、帰途へついた。
「パンが残っているので、野菜のスープにしましょう」
「ええ。塩をいただきましたわ。味付けはこれだけでよろしいの?」
「そうですね、多分」
「多分?」
「私だって、料理は未経験なんですよ」
「あら、そうなんですの」
なんでも出来ると思っていたハルムにも出来ないことがあるという。
それを聞いただけで、少し面白く思えた。
なにせ、ハルムはいつだって、無表情で仕事をこなす姿しか、見せてこなかったのだから。
「明日は、卵や肉についても聞いてみましょうか」
「そうですわね」
アセリアが、笑った。
いざ、小屋に入るという時になって、ハルムが、
「お嬢様、待ってください」
と建てつけの悪い扉を開けようとしたアセリアを制止した。
「なんですの」
「その格好で入るつもりじゃないですよね?」
「もちろん、入りますわよ」
そんなことは当たり前だ。
確かに、アセリアの姿は散々だった。
服は泥だらけ。綺麗だった金髪には、泥の塊がポロポロとこぼれる。手は川ですすいだのだけれど、まだ真っ黒。
だからといって、小屋に入らないという選択肢はない。
他に服もない。
脱ぎようがないのだから、このまま入るしかないではないか。
「靴はここで脱いでくださいよ。何か脱いだ服を入れるものを探してきますから、中で脱いでくださいね」
「む〜〜〜」
確かにハルムの言う通り、このままだと小屋の中まで泥だらけになってしまう。
ハルムはというと、靴は同じく泥だらけだったけれど、服の方はそうでもない。
まあ、ハルムは転んでませんものね。
「じゃあ、靴脱いでください」
「わかりましたわ」
なんとか脱いでいくアセリアに、ハルムは呆れ顔を見せた。
足に履いていた編み上げブーツは、泥がついているばかりではなく、中まで泥でいっぱいだった。何度も転んだ末に、結局ブーツの中にまで泥は侵入してきたのだった。
脱いだところで、足は泥だらけだったのだ。
アセリアはよっぽど泥だらけだったんですね。




