15 わたくしが土いじりだなんて、冗談じゃありませんわ!(1)
服は一着しかない。
他にあるのは、こんな場所では邪魔にしかならない、一人では着れないドレスのみ。
「こんな大切な服を着て、畑仕事なんて、横暴な執事ですわねっ」
結局、その日の食事もままならないため、その日のうちに畑に顔を出すことになった。
一旦小屋に戻り、畑仕事出来そうな準備を整える。
とはいえ、着替えの一つも、鍬の一本もない状態で、準備も何もないわけだけれど。
ハルムの方はというと、
「ふぅ」
なんて言いながら、執事服を脱いでいく。
意外と力強い背中。
ベルトを緩めたズボンが、ストン、と落とされる。
「きゃああああああ!」
「うわっ」
ハルムが、めんどくさそうな視線を寄越した。
「すみません、つい。といっても、ここ以外に部屋もないじゃないですか」
「だ、だからって、事前に言うべきですわ!」
「わかりましたよ、事前に必ず言いますから。お嬢様も、突然脱ぎださないでくださいよ?」
「そんなこといたしませんわよ!!」
畑は見た通り、村から眺められるなだらかな土地にある。
土地自体は広大なのだが、少し離れれば雑草や石が点在して見え、どうにも土地を活用しているとは言い難い。
麦も、そろそろ緑色が映える時期のはずだけれど、村を賄えているのか怪しいほど、小さな畑のみが見えるだけだ。
この村でもらった服に着替えたハルムと、そのままの村娘の格好のアセリアは、作業をしている人々のところへと向かった。
簡素なシャツにズボン姿のハルムは、いつもよりも子供に見えた。
とはいえ、生意気なところは変わらないのだけれど。
「ごきげんよう、みなさん」
「おぉ」
「あら、こんにちは」
そこにいた老若男女の数十名が、ドヤドヤと挨拶をよこす。
監督らしき人は、力が強そうなおじさま。
「聞いてるよ。こんな村に新入りだってなぁ」
「そうなんですの。アセリアと申します。よろしくお願いいたしますわ」
「ハルムといいます」
二人で、丁寧なお辞儀をする。
「今日から、働かせていただきたいと思っておりますの。実は、今日の食事にも困っていて」
「おぉ、なら、ふたりで頑張ってもらって、野菜を分けてやるとしようか。俺はオタルという者だ」
「感謝いたしますわ」
その後、
「今日は、このニンジンの種を蒔いていく」
とのことだったけれど、アセリアの手のひらの中心にちょこっとのったニンジンの種は、数十と数えきれそうなものだった。
「少なくありませんの?」
「使える土地も少なくてな。堆肥買うのもままならない。連作対策で休ませてる土地もあるしな」
「そうですの」
とはいえ、名産も何もない状況なら、野菜くらい多く作って売ったほうがいいというものだ。でなければ、消費するばかりだと金は減っていく一方。
「やっぱり、もう少し畑の使い方を、考えないといけませんわね」
「そのようですね」
悩みながら、アセリアが、耕された畑へ一歩、踏み出した時だった。
「きゃっ」
耕されたふかふかの土を踏んだこともないアセリアは、案の定足を取られ、前へ派手に転んだのだった。
「…………」
「種、大丈夫でした?」
「……大切な種は死守しましたわ」
「まだ何もしてないのに、器用ですね」
「なんですの?何が言いたいんですのっ!?」
思った以上に不器用なアセリアですね。まだ何もしていないのに前途多難です。




