144 何を言ってますの?(1)
モヤついたまま、出来るだけハルムとミルドリックのことを見ないようにした。
二人は相変わらず時々どこかで話しているようだったけれど、邪魔できるわけではない。
もし、何かの相談だったら?
迎えに来たのだとしたら?
そんなことを考えては不安になりつつ、それでも問いただすわけにもいかなくて、出来る限り見ないようにした。
けれど、小さな村のこと。
それも、同じ家に住む人間に関することで、何日も無視し続けるのは限界があった。
「ハルムを知らないか?」
ある日、オタルさんがそう言うので、ふと畑から顔を上げる。
……そういえば、いませんのね。
「知りませんわ」
とだけ返事をした。
いつもは丘の上の見える場所にいますのに。今日はいませんのね。
「じゃあ、アセリアでいいや」
「なんですの」
「このニンジン、川に沈めてきてくれないか」
「いいですわ」
ニンジンを受け取る。
この村には井戸があるため、川の用途は洗濯や野菜の泥落としが主流になっている。
そのついでにニンジンを川に沈めておくと、ひんやりとよく冷えるのだ。
カゴに一抱えのニンジンを抱え、アセリアは上流へと向かった。
丁度、今日の橋の作業も終わったらしく、人の気配はない。
川のせせらぎが聞こえる。
いいえ、誰かの話し声が聞こえますわね。
ふと、耳を澄ます。
クスクスという笑い声が聞こえた。
「ハルムお兄様は動かない方がいいと思うわ」
ドキリとする。
それは、どう聞いてもミルドリックの声だった。
この村の人間とはトーンが違う。聞き間違えるはずはなかった。
それにしても『ハルム』とは……。
ここに、いたんですの?
足がすくむ。
いてはいけない場所に来てしまったのではないかと、思案する。
引き返そうかと後ろを向いた、その時だった。
「そんなわけにはいかないんだ」
また、ドキリとする。
ハルムの、声だった。
けど、なんですの?その砕けた口調は。
聞き間違えるはずはなかった。
確かにハルムの声だった。
木のの陰になっている場所へ移動し、そっと様子を窺う。
「甘えっ子なのね」
「うるさいよ」
木陰で人の目から隠れるように、二人は向かい合って座っていた。
大きな岩に座り込むようにしているハルムは、いつものキッチリとした姿はどこへやら、足を広げ、男性らしい座り方になっている。
「そんな心配しなくても、何も起こらないことだってあるでしょ」
「俺だってそう思いたい。けど……何かあったらどうしてくれるんだ?」
“俺”?
聞き間違いじゃありませんの?
「だからって、村から逃げたところで、先はないじゃないの」
「わかってる」
逃げるって……ミルドリックと?どこへ逃げるっていいますの?
アセリアの足は、自然と後ろへ下がる。
音がしないよう、出来るだけ慎重に。
慎重に歩いて。
歩いて歩いて。
気付けば、早足になっていた。
なんですのなんですのなんですの!?
アセリアちゃん混乱中です。




