14 こんな空があるとは知りませんでしたわ!(2)
「アセリアちゃんは貴族……っむぐっ」
アセリアに話しかけてきた小さな少女の口が、母親の手で塞がれる。
「名前を捨てて逃げてきた二人にはもう、家門なんて関係ないのよっ」
……わたくし、駆け落ちなんてしておりませんわよっ。
とはいえ、話しかけられたわけでもなく、独り言のようなものに返事をするのは、噂を助長するようで嫌だった。
「どこに住んでるの?」
「少し離れた所にある小さな小屋ですわ」
「ああ、もしかして川の方の?けどあそこって……」
おばさま方が目配せし合う。
あの小さなベッドが一つしかない小屋に二人で暮らしてるなんてやっぱり……なんて思っていらっしゃるのでしょ!?
断じて、駆け落ちではありませんでしてよっ!?
「若いっていいわね〜」
ニコニコしないでいただきたいものですわっ。
そんな話をしている所へ、現れたのは一人の初老のおじさまだ。
住民の皆様が道を開けているところを見ると、どうやらここの村の“偉い人”のようだ。村長というところだろうか。
「これはこれは。私は、ここの村長をやっております。オロンといいます」
やはり、村長。
最初だもの。礼を尽くさなくては。
アセリアはスカートの裾を持ち上げ、丁寧に頭を下げた。
「アセリアと申します。この村に住まわせていただこうと思っておりますの」
「わたしは、ハルムといいます」
「素敵な方達だ。こちらこそ、村民一同歓迎しましょう」
「寛大なお心、感謝いたしますわ」
「ところで、」
と前に出たのはハルムだった。
「ここには、店はないようですが、食料はどう手に入れたらいいんでしょう?」
「なるほど、そうですね」
村長は、遠くを見やる。
そこには、なだらかな丘に、畑が広がっていた。
とはいえ、広がっているだけで、作物が豊かというわけではなさそうだ。
「皆、畑で働いて作物を得ています。粉は粉屋がいます。卵や肉は、それぞれ飼っている者がいますので、適宜野菜などと交換で手に入れていますね」
つまり、この村には本当に店はなく、物々交換でやっているようだ。
小さな村ではよくあること、か。
けれどそれにしては、畑の作物が少ない気がした。
「もしよければ、畑で働けるよう手配しておきましょう」
「感謝いたしますわ」
そんなこんなで、アセリア達もこの村の人達と交流を持つことになったのだった。
小屋までの道すがら、アセリアはハルムと並んで歩いた。
「仕事、見つかってよかったですね」
ハルムがちょっと嬉しそうに言う。
「お願いいたしますわね」
「お嬢様も行くんですよ?」
「え、わたくしも?」
キョトンとしたアセリアの視線と、ハルムの少し面白がる視線が合った。
「そうですよ。お嬢様は料理だって洗濯だって出来ないんですから、畑仕事から覚えてくださいね」
図星だった。
料理や洗濯が何を示す言葉なのかを知っている。
けれど、言葉を知っていたところで、何をどうするものなのかを知らなければ、やりようがない。
アセリアは、洗濯や料理がどう行われて、どうなればよいのか、見たことすらなかったのだ。
「だからってわたくしは、畑なんて行きませんわよ?」
「楽しみですね」
「行きませんわよ!?」
村の人達とはほのぼのとした関係が築けそうですね!




