13 こんな空があるとは知りませんでしたわ!(1)
「では行きますわよ」
アセリアがドヤ顔をしてみせると、ハルムがじんわりと視線を逸らせた。まるで視界に入れてはいけないものみたいに。
冷たいですわね。
冷たいけれど、まあ、見せるためのドレスではないし、鏡がないこの小屋では自分で確認もできない。それも仕方がないことなのかもしれなかった。
いつまでも小屋の中にいるわけにもいかない。
外の状況を知り、自分の環境を変えなくては。
この馬の餌小屋ともおさらばですわ!
ギ、ギギ……。
アセリアの勢いとは裏腹に、建て付けの悪い扉が、あまり優しくない音を立てる。
あしてアセリアの目の前に広がったのは、大きな空だった。
「大きい、ですわね」
圧倒される。
「お嬢様は、もしかして、これほどの空を見たのは初めてですか」
「え、ええ。そうね」
「私もです」
ハルムがふっと笑う。
思えば、机に齧り付いている日々だった。
町に出る時は町の観察をする時。
買い物でさえ、物流や他人のメリットなどを考えずに買い物をしたことはなかった。
公爵領は広かったが、療養で田舎に行ったこともない。
それどころではなかった。
アセリアは、王妃になるべき存在なのだから。
追放され、全てを失ったと思っていた。
「わたくし、今後この目に入るものは、汚いものか色のないものばかりなのかと、思っていましたわ」
けれど、この世界の中で、まだ初めて見るものがあったなんて。
目の前には青い空が広がり、木や草の匂いがする。
鳥や風の音がする。
「世界はまだ、こんなにも美しいものを隠していましたのね」
「そうですね」
ハルムも遠くを見ている。
ハルムも、わたくしと同じだけ勉強に励んできましたものね。
わたくし達、同じものを見ていますのね。
ハルムに連れられて行った、“村”というものは、思った以上に小さいものだった。
店もない。名産もない。
あるものといえば、畑だけ。
馬の餌入れかと思っている小屋から引っ越そうと思っていたけれど、村の家を見ても、それほど大きいとは言えなかった。流石に2、3部屋ありそうな家ばかりだけれど、馬の餌入れに見えるという根本的なところでどれも同じだ。
村の広場に辿り着くと、二人を取り囲むように人々が集まってきた。
村人達の視線は、アセリアには苦手なものだ。
いままで、視線の先にいるのは、アセリアにとっては当たり前のことだった。
貴族達がアセリアに向ける視線は、値踏みする視線だ。
この存在をどう扱えば、自分はどういった立場に収まることが出来るのかという視線。
けれど、この村人達の視線は、それとはまた違ったものだった。
ニヤニヤする者も多いところを見ると、値踏みより、幾分か下世話な視線。
「この子が駆け落ちの」
「どっちも美人で可愛いのね」
なんて声が聞こえる。
美人で可愛いと言われれば、まあ、正直アセリアも悪い気はしない。
駆け落ちをした記憶はないけれど。
「わたくしはアセリア、よろしくお願いしますわ!」
やっとお嬢様が小屋を出ました……!二人仲良く生き抜いて欲しいところです。




