122 大切なお話(1)
大事な話があるからと、アセリアは、バルドに朝から呼び出されていた。
よく晴れた朝で、小鳥がピーピーと鳴いていた。
用事はすぐに終わるようなこと。けれど、ことはそんなに簡単ではない。
相手に一言言うだけで、長い時間をかけて空気を作るのは、王都でもこの村でも変わらない。
結局、アセリアは、牧場側から更に村を離れた小川のそばにいる。
目の前には、裸足でバッチャバッチャと水を蹴るバルドの姿。
「つっめてぇ」
バルドが笑う。
「ここ、いいだろ?子供らはここまで来ないから穴場なんだ」
「そうですのね」
確かに、川沿いの石の上に座れば、涼しい風が髪を揺らし、気持ちがいい。
サラサラと流れる小川の音がただ聞こえるだけというのも、村の近くでは珍しく、落ち着いた雰囲気になっていた。
楽しいひとときを過ごしているフリをして、お互いがお互いの気持ちを探り合う。
ひんやりとした時間が過ぎていく。
「あっ」
と、突然、バルドが叫んだ。
何か思い出したように。何か思い出したフリをした。
「俺、今日おやつ、作ってきたんだ」
「あら、あなたが作りましたの?」
尋ねると、バルドが嬉しそうな顔をする。
顔いっぱい笑顔になる人を初めて見た気がした。
……ハルムは、あそこまでは笑いませんわね。
「そうなんだ。朝早く起きてさ」
バルドが、持っていたバスケットを開ける。
中には、小さなサンドイッチとスコーンが入っていた。
「ほら」
バスケットごと差し出してくるので、少し早い昼食になった。
アセリアが、サンドイッチを手に取る。
野菜とチーズがふんだんに使われたサンドイッチ。
パクリと食べると、爽やかなハーブの香りが口の中に広がった。
「器用ですのね」
素直に感心する。
「だろ。粉屋なだけあって。ただ、これからの粉屋はさ、粉を作るだけじゃダメだと思うんだ。今までは年寄りとかにパンを焼くだけだったけど、これが楽しくてさ。もっといろんな人に、もっといろんなものを作ってやりたいと思ったんだよな。その、家じゃ作れない、個性的なやつをさ」
バルドは、いつになく饒舌だ。
「それに、黒い橋が出来たらさ、隣の村まで商売に行ってみようと思うんだ」
「いいですわね」
「ああ」
バルドが、こちらを見た。じっと。
「全部さ、アセリアちゃんを見てて、思いついたんだ」
「わたくしを?」
「ああ。初めて会った時、外から来た、綺麗な人だって思った。けど、それだけじゃなくて。強くて。新しい風を吹かせられる人だった」
バルドがニッと笑う。
ああ、わたくしは、この人にダンスを申し込まれたらどうすべきなのだろう。
王子との婚約の時は、そういうものだと思っていた。
ただ、自分は“公爵家の娘”なのだから、と。
王子の婚約破棄の時も、そういうものだと思った。
特に、異論はないと思った。
けれど今は、自分で決めなくてはならない。
わたくしは、きっとこのまっすぐな人と一緒にいるのは嫌ではないのだろう。
他にあてもない。約束もない。
だったら、きっと申し出を受けるのが正しいのだろう。
バルドが、バスケットの後ろに隠していた花を取り出した。
ユリの花。
ここいらには咲いていないはずなのに。
わざわざ取り寄せたのだろうか。
バルドが、アセリアの前に跪いた。
まっすぐに、花を差し出す。
「お願いだ、アセリアちゃん。俺と、結婚して欲しい」
ダンスのお誘いかと思いきや、ですね。




