121 いつも通りの日のはずだった
その日、朝からアセリアの様子がおかしかった。
久々の休日。
今日は全員、畑仕事は休みとなっている。
それなのに、アセリアは朝から少し気を張った顔になっていた。
まるで、夜会の日の朝みたいだな。
ハルムは、ふと、そんなことを思う。
思い出すとは思わなかった。
あまり主人の表情なんて見てはいなかったから。
体調管理は薬師の仕事。見た目を整えるのはメイドの仕事。
俺の仕事は、主人のスケジュールを管理すること。
けれど、確かに重要な仕事の前は少し気を張った顔をしていた気がする。
貴族の娘にとって、夜会は戦場だった。
アセリアにとっては、さらにビジネスの場。
婚約者に会うというのに、それほど明るい顔を見せたことはなかった気がする。
……いや、婚約者に会うから、か?
相手は一国の王子。
婚約者に会うのに緊張もしていたことだろう。
それだけ、アセリアにとって大切な相手だったということだ。
あれでいて、少女らしい気持ちもあっただろうから。
婚約──。
自分でそんなことを思っておいて、自分の心に突き刺さる。
こんなこと、あの頃は考えたこともなかったんだがな。
そしてその朝、
「では、出掛けて来ますわね」
アセリアは一人出掛けて行った。
きっと、誰かと約束でもあったのだろう。
……あんな、緊張の顔を見せる誰か。
「いってらっしゃいませ」
頭を下げる。
それ以上問い詰めることは出来なかった。アセリアも、何も言わなかった。
窓の外、アセリアがキビキビと歩く後ろ姿が見える。
そして、誰かがアセリアに近付いてくる。
バルド……?
そしてあろうことかアセリアは、その男と二人、連れ立って歩いて行ったのだ。
雲が流れる。
少しすれば戻ってくるんじゃないかと思ったが、アセリアが帰って来ることはなかった。
探し回るわけにもいかず、ハルムはただ、手持ち無沙汰で家を出る。
……何をするか考えられもせず、川沿いに立った、その時だった。
「ハルムじゃん」
近寄ってきたのは、いつもアセリアと一緒にいる広場の子供たちだ。
アセリアもこの子供たちを気に入っているらしく、食卓での話題にも、時々のぼることがあった。
「ごきげんよう」
正面にいた少年が、ソワソワとこちらを見る。フィンとかいったか。
「奥さんは?」
「…………」
そう気軽に夫婦扱いされるのも困るけれど。
もう否定する確固たる理由もないような気がして、そのままスルーすることにする。
「お嬢様ですか?まだ外出中ですが」
「そ、そっかぁ〜」
フィンの目が泳いでいる。
「……何かご存知なのですか?」
「あ、いや。ただ……」
年長組が顔を見合わせる。
嫌な予感がした。
「バルドがさ、アセリアちゃんは旦那さんがいるって知ってるけど、……どうしても収穫祭でアセリアちゃんと踊りたいって言って」
その瞬間、心臓が凍りつく音がした。
子供たちがざわめく。
「やっぱデートだって。花持ってたもん」
「でも、アセリアちゃんとは踊れないよ?」
「結婚相手じゃなくても出来るって言ってたぞ?」
なんだそれ。
頭が……クラクラする……。
アセリアはどこにいるのでしょう……。




