11 執事が着替えを手伝うのはおかしいと思いませんか?
結局、ハルムは、布団にくるまったアセリアに着替えのやり方を教えることとなった。
「スカートはこちらが前です。腰で紐を結ぶようですね」
俺だって、流石に女性ものの服の着方はわからない。
さっき村で見かけた女性達の服の雰囲気から、着方を想像して教えているだけだ。
幸い、それほど難しい部分はなかった。
とはいえ、このお嬢様は、自分ではあまり服を着たことがない。服はメイドが着せるものなのだ。
「わかりましたわ」
嫌々やっているのかと思ったが、想像とは裏腹に、アセリアは真剣な眼差しをこちらに向けていた。
そういえば、執事になった時もそうだった。
お妃教育とはいえ、公爵家のお嬢様が勉強だなんて、おとなしくするわけがないと思っていたのだ。
少なくともハルムの周りの女性達は、それほど勉学に励む者はいなかった。
けれどアセリアは、思いの外、勉学に向けて真剣な眼差しを向けていたのだ。
お菓子が食べたいだのなんだのと、唐突にわがままを言うことも多かったけれど。
別に不真面目なわけじゃないんだよな。
とはいえ、不真面目じゃないなら安心できるというものでもない。
キッチンへ向かったハルムが、
「あらあら?」
なんていう声を聞くまで、それほど時間はかからなかった。
「結ぶっていうと……どうすればいいんですの?」
困っているようなので覗いてみると、スカートの紐を結ぶのに苦労しているようだ。
スカートの裾から覗く足や、スカートの上側から覗く腰の辺りが異常に気になる。
「お困りですか、お嬢様」
いつものよう声をかける。
泣きそうになったちょっと潤んだ瞳と、困り眉。
着替え途中の格好でそんな顔をされると、目のやり場に困るのでやめてほしい。
「紐がうまく結べませんの」
またまた何をご冗談を。
リボンを結ぶくらい出来るはずだ。お妃教育に刺繍やら何やらもあったはずなんだから。
アセリアの姿に動揺しつつ、観察してみると、その原因がわかった。
「お嬢様、ご自分のリボンを結んだことがないんですね」
ふむ、といつもの顔を装おう。
その瞬間、解けた紐の隙間から脚が覗いて、呼吸を忘れそうになる。
やめてくれ。心臓に悪い。
アセリアは、自分に付いているリボンを結んだことがないようだった。だから、リボンのように結ぼうとしてこんがらがってしまっているのだ。
「では、あなたがやってくださいませ」
「…………」
つい、まじまじと見てしまう。
その腰に触れろと?
自分の体温が上昇するのがわかってしまう。
とはいえ、アセリアをこのまま放っておくわけにもいかなかった。
出来るだけアセリアには触れないよう、リボンの結び方を教える。
「こちらを上にして、ここに通してください。次は、こちらの紐をこちらから」
「ああ、なるほど」
なんて頷いたアセリアも、ハルムが近づいて初めて、自分が何を言っているのか理解したらしい。
余裕ぶっているようだが顔が真っ赤だ。
なんとか紐を結ぶと、目の前に嬉しそうな顔が見えた。
無邪気なドヤ顔。
こんな顔されたら、余計に放っておけないじゃないか。
次は硬いベストのようなものを羽織らせる。
前側で紐が交差している。
「ん〜〜〜」
なんて言いながら、紐を引っ張りつつ、なんとか一人で着るのを見守った。
流石にここまでくれば肌が見えるわけでもなく、安心だ。
「こうですの?こうですの?」
またモニョモニョとやっている。
そして、あろうことか、アセリアは顔をあげてこう言ったのだ。
「やってくださいませ」
気を抜きすぎて、
「仕方ないですね」
なんて手を出した俺も俺だったが。
アセリアに触れそうになったところで手が止まる。
どうやったとしても結び目は胸の上だ。
我慢できずについ口にしてしまう。
「お嬢様はバカなんですか?」
自分から胸を触らせそうになり、顔を真っ赤にしたアセリアと目が合った。
「あなたは生意気な執事ですわねっ」
若干抜けているお嬢様もやっと服が着れました!




