第49話「審問の結末と変わる時(3)」
同じ頃——。
王都の大通りは、夜の帳が降りてもなお、創世祭の熱気に包まれていた。
あちこちに吊るされた魔石のランプが、色とりどりの光を投げかけている。
「はぁ~、美味しかった~!」
カリナが、満足そうにお腹をさすった。
その手には、三色団子の串が握られている。黒、金、白銀——この国の守護竜である三大竜を模した縁起物だ。
「カリナ、もう三本目だよ......?」
セドリックが呆れたように苦笑する。
肩の上では、フェネックの精霊コロネが、甘い匂いにつられて鼻をヒクヒクさせていた。
「だって~、美味しいんだもん! 島にはこういうお菓子なかったから、テンション上がっちゃって!」
「僕も一本もらおうかな......」
「あ、セドリック甘いもの好きだったっけ。はい、どうぞ!」
「ありがとう」
二人のやり取りを見ながら、キオは目を細めた。
隣では、惑わしの魔法で気配を消したシュバルツが、無言で屋台の並びを眺めている。
「スバル、何か食べたいものある?」
「......いや。腹は減っていない」
「そう? でも、せっかくのお祭りだし......あ、あれ見て! 竜の形のクッキーだよ!」
キオが指差した先には、精巧な細工のクッキーが並ぶ屋台があった。
黒竜、金竜、白銀竜——それぞれの特徴を見事に再現したような菓子は、食べるのが惜しいほどの出来栄えだ。
「......黒竜か」
シュバルツが、珍しく興味を示したように視線を止める。
「欲しい?」
「別に......ただ、造形が優れていると思っただけだ」
「じゃあ、買おうよ。記念に」
キオはにっこりと笑うと、返事も聞かずに屋台へと駆けていった。
その背中を見送りながら、シュバルツの口元が僅かに緩む。
「......やれやれ」
傍らでは、ルイが二人の様子を微笑ましそうに眺めていた。
「キオ君、楽しそうだね」
ルイが隣にいるオーウェンに話しかける。
「ああ。今日は......良い日だったな」
オーウェンが、穏やかな声で応じた。
トトト......という軽い足音と共に、カリナが戻ってくる。
「ふぅ、お祭りって本当に楽しいわね、オーウェン」
カリナは満足したのか、自然とオーウェンの隣に並んだ。先程、人混みではぐれて二人きりで過ごした時間を思い出したのか、オーウェンの頬が夜目にもわかるほど赤くなる。
「......本当にな」
カリナはふふっと笑った後、屋台で真剣にクッキーを選んでいるキオの方を見て、声を張り上げた。
「キオー! 私の分もよろしくー!」
「分かったー!」
キオの明るい声が、祭りの喧騒の中に響く。
シュバルツは、その姿を静かに見守っていた。
ふと、今日の儀式での出来事が脳裏をよぎる。
『今日の儀式......何かがあった』
意図的と思われる魔法陣の異常。三人の魔力が暴走しかけた瞬間。
キオと自分の力で、それを抑え込んだ。
あの時、消し去った白い魔法陣からシュバルツは確かに感じたのだ——こちらを焼きつくそうとするような、確かな悪意を。
『......だが、今は良い。今日という日は、ただ楽しめばいい』
キオが戻ってきた。両手には、黒竜と金竜と白銀竜、三種類のクッキーが握られている。
「はい、スバル! 黒竜のクッキー!」
「......」
「どうかな、黒竜に似てる? 角の形とか、羽の模様とか」
「......本物の黒竜はこんなに小さくない」
「あはは、そりゃそうだけど!」
キオがおかしくてたまらないといった様子で笑う。
その屈託のない笑顔を見て、シュバルツの胸に温かいものが広がった。
『この笑顔を大切にしたい。俺は、その為にいる』
そう思った瞬間だった。
シュバルツの背筋を、冷たいものが走り抜けた。
暗い、粘着質な視線。
バッと勢いよく振り返る。
しかし——そこには楽しげに行き交う人々の波があるだけだ。
『......気のせいか』
シュバルツは、胸のざわつきを無理やり振り払った。
今は、考えるべき時ではない。
キオの笑顔を、友人たちの楽しそうな声を、この穏やかな時間を——ただ、大切にすればいい。
「さあ、みんな! 次はどこ行く?」
カリナの元気な声に、全員が集まってくる。
春の宵、創世祭の賑わいは続いていた。
五人の若者と、その精霊たち。
笑い声と、温かな絆と、小さな幸せに満ちた——穏やかな時間。
彼らは知らない。
大聖堂の奥深くで、何が起きていたのかを。
マティアスを操った「声」の正体を。
そして——その影が、じわじわと近づいてきていることを。
けれど、今はただ——このひとときを楽しめばいい。
それが、若さという特権なのだから。
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