第三話
裁きが終わり、私は一旦、自分の領地に戻ってきていた。
これでも一応、男爵家当主代理なのである。なので罰である辺境送りになる前に、残務処理をしに戻ったのだ。
もちろん、見張りを兼ねた王国の国土管理を担う役人と共にであるが。
結局、モール男爵家は奪爵となった。領地は没収。まあ、あれだけのことをやらかしたのだから仕方がない。
とある日。手伝ってくれている叔父上と手分けして、手続きに必要な書類を片付けていると、我が家に一通の招待状が届いた。
差出人は面識のない伯爵家夫人。
何事かと思い、開けてみると驚くべき文面が目に飛び込んできた。
なんと、メリッサ・バロザウ公爵家令嬢が面会をご希望です、と書いてある。
正直、もうモール家は爵位持ちではないし、貴族とは関係が切れている。とはいえ、無視するわけにはいかないだろう。叔父上はまだ貴族であるし、これ以上、公爵家の怒りを買うわけにはいかない。
それに。
なんとなく行っても大丈夫な気がした。
メリッサ様が本当に怒っているなら公爵家へ呼び出すはずだ。あそこは公爵様を筆頭に、末端の使用人にいたるまで、娘を家から出さざるを得なくなった元凶の私を憎悪している。そこへ呼ばないなら望みはある。
恐らく、伝手のある伯爵夫人に頼んで秘密裏に会う気なのだ。
相談しようにもディオーニ王子、いやもうディオーニ様か、は、もう居ない。
後処理のある私と違って裁きの後、すぐに辺境の地へと飛ばされたのだ。
叔父上に言っても困らせるだけ。
辺境へ行く準備はもう整っている。遠い場所だ。旅立てば二度と王都には戻れないだろう。
私はメリッサ様と会うことに決めた。
■ ■ ■
正確に言うと伯爵夫人の館は、王都付近の領地にある。
前代未聞の一連の騒動により、世間で私は希代の悪女とされている。なので王都に入らなくていいのはありがたい。
館に入ると出迎えてくれたのは、穏やかな表情の伯爵夫人。夫人に連れられて見事に手入れされた中庭へと案内される。
辺りを満たすバラの香り。
ここの庭師は相当な腕前なのだろう。庭を彩る花々は男爵家で招かれる場所では見たこともないほど、豪華で上品だ。
そして庭にある小さな池を見渡せる場所に作られた四阿。
四阿の屋根の下にはメリッサ・バロザウ公爵家令嬢が座っていた。
私がメリッサ様を視界にとらえた時点で、案内をしてくれていた夫人は柔らかな余韻を残して道を引き返していく。
二人きりで会え、ということだろう。
四阿に近づくと私から挨拶をした。
「元モール男爵家のレティシアでございます。バロザウ様、この度はご婚約おめでとうございます」
そうなのだ。
あの裁きの後、メリッサ様は無事、隣国の王子であるガルセオ殿下との婚約が決まった。
相手のガルセオ殿下はメリッサ様を一途に待ち続け、適齢となっても婚約者を持たなかった。なので、自由となったメリッサ様との婚約話はすぐに成立の運びとなった。
私が近づくに合わせて立ち上がっていたメリッサ様は、すぐに名乗り返して、ありがとうざいます、と付け加える。
やはり私に対して怒っているわけではなさそうだ。
メリッサ様はその後、私に対して席を勧める。
「さあ、座ってください。レティシア様には本当にお世話になりました。あなたのお陰で私は最愛の人と結ばれることが出来ました」
「おやめください、バロザウ様。頭をお上げください」
公爵家、末は隣国の王妃になるお方に頭を下げられて、私は恐縮する。
――だ、誰にも見られていないでしょうね。
一時的にとはいえ、爵位を失った私は今現在、平民なのである。
ディオーニ王子の下へ行き、結婚すれば、また何某かの爵位を持つ旦那の妻としての地位を獲得するが、だとしてもメリッサ様は私に頭を下げていい存在ではない。
「いいえ、あなたは私にとって恩人なのです。この場は上も下もなくお喋りしたいのです。どうか私の我儘をお聞き入れしてはくれませんか?」
うるうるとした目でそういわれると、拒否など出来ない。
可愛い。
今日のメリッサ様はとびきり可愛い。
裁きの場では、緊張していたのもあるだろう。終始、硬い表情であったが、今は髪からドレスからメイクにいたるまで、すべてが可愛く纏められている。
その後、メリッサ様は出来ればバロザウと呼ぶのもやめてメリッサと呼んで欲しいと頼んできた。もう公爵家を離れるわけだし、そもそも自分を縛り付けていた実家の名前を呼ばれるのは嫌だという。
いや、そんな畏れ多い。でも、是非に、というラリーを少しだけ繰り返してから了承した。お互い話したいことはたくさんある筈だ。こんなことで時間を取りたくない。
私から切り出した。
「メリッサ様はどの辺りから、事情をご存じなのですか?」
一番に聞きたいことはこれだ。
感謝している、ということは婚約破棄までの一連の行動が芝居だと、理解しているに違いない。
メリッサ様が答える。
「初めからです。計画段階から知っておりました。それで……今日は答え合わせをさせていただきたくお呼びしました。レティシア様は、一連の件をディオーニ様からどのようにお聞きで?」
――なるほど、ディオーニ王子はメリッサ様には初めから打ち明けていたわけか。
なぜ、私に嘘をついたのだろう。
まあ、メリッサ様との会話でその辺も知れるか。
私は事の経緯を全てメリッサ様に話した。
相槌を打ちながら聞いていたメリッサ様は、私が話し終わると頷く。
「おおよそのことは合っていますね。ディオーニ様が王位を放棄したがっていたこと。私が隣国のガルセオ殿下をお慕いしていたこと。私が王家との結婚を避けられないこと」
ただ一点、違うことがございます。とメリッサ様は言う。
「なんでしょうか」
「ディオーニ様は私など愛していない、ということです」
――なにぃ?
それは大前提じゃないのか。
メリッサ様は続ける。
「確かに幼馴染ゆえ、友人としての情はありましょう。しかし、愛するとまではいかないはずです。現に私は殿方の心が分からず、ガルセオ殿下との文のやりとりに際して、何度もディオーニ様に相談をしており、いつも快く乗っていただけておりました」
それに、とメリッサ様は一度話を区切る。
「ディオーニ様はこの計画を打ち明けてくれた時、ついでに助けてやる、とおっしゃっていたのです」
――ついで。
ということは、メインは王位継承権の放棄か。
私が確認するとメリッサ様は、それも違うと思うのです。と、首を横に振る。
「そこで私がお聞きしたいのはレティシア様。あなたのことなのです。私が察するに、ディオーニ様が今回の件を起こした一番の原因はあなたの為ではないかと思うのです」
メリッサ様はそこまで一気に喋ると、今度は秘密を聞き出すかのように、少し小声でうかがってくる。
「あなた方二人は……。レティシア様とディオーニ様は、以前からお付き合い。恋愛関係にあったのでしょうか?」
――それは無い。
確実に言い切れる。というか、私たち二人の関係は初めから終わりまで、全て演技だったと言っていい。
私はメリッサ様にそのことを伝える。
「だとしたら」
「はい?」
「だとしたら、なぜディオーニ様はレティシア様を巻き込んだのでしょう」
――わからない。
たまたま独りぼっちでパンをかじっていたから?
婚約破棄に及んで王位継承権を放棄できるなら誰でも良かった気がしないでもない。
とはいえ、一つだけ心当たりがある。
裁きの場の最後にディオーニ王子が放ったあの言葉。
――やっぱり凄いや、おねえさんは天才だね。
あの言葉が気になって男爵家に戻ってから、家の記録を調べた。
私が幼いころに国王様が国中を視察に回ることがあった。
そしてモール男爵家に近い領地へ訪問された時に、一番大きな伯爵家に視察団が入りきらず、連れていたディオーニ王子と護衛の一部をモール家に預けたのだ。
理由は同じ年ごろの子供が居るということ。遊び相手にはちょうどいいということだろう。
同じ年ごろの子供。
それが私。
幼いころ、ディオーニ王子は私の家に来ていたのだ。
あの時は気兼ねなく遊び相手になれるようにと、私には王子の身分は伏せられていた。
私は王子ことを僕ちゃん、と呼び、王子は私のことを、この領地の先輩ということでおねえさんと呼んでいた。いや、私がそう呼ばせていた。
全て話した上で言う。
「考えられるのは以上です。でも弱いんですよね。動機が」
過去にたった一度だけ立ち寄った家が大きな金額を援助してもらえるなら、余所の家だってしてもらいところがたくさんあるはずだ。援助行為が不自然にならないように、恋仲を装ったのかもしれないが、そもそも関係が薄すぎる。
「確かに……そうですね」
聞いたメリッサ様は深く頷いたまま同意する。
これ以上は考えても仕方がない。ディオーニ王子本人に聞くしかない。
その後メリッサ様は、喉が渇きませんか? と言い呼び鈴を鳴らした。
伯爵家のメイドが出てきてお茶の用意をする。
私とメリッサ様は、しばしの間、お茶とお茶菓子を楽しむ。
メイドが居る間は、たわいもない話に花を咲かせる。
話題は主に学園に在籍していた時のもの。あの先生はどうだった、やら、ランチのどれが美味しかった、等々。
頃合いを見てメリッサ様がメイドを下がらせると、私は聞き辛いことを尋ねてみた。
「あの、その……。メリッサ様はどうして、国王様の下した裁定を覆してまで、私の罰をあのようにしたのですか?」
メリッサ様の提示した罰は、私とディオーニ王子の結婚。
進言した量刑の不自然さと、言われた時のディオーニ王子の反応からして、あの罰はメリッサ様が独断で決めたものだと思われた。
あの場のアドリブだったのでは? という私の質問に、メリッサ様は途端に照れて顔をバラ色に染める。
「アドリブではありません。むしろあれだけは絶対に言おう、と心に決めて裁きの場に挑んだのです」
――なんと!
あの不用意ともいえる発言は決め打ちだったのか。
私の驚きをよそにメリッサ様は続ける。
「だって……。裁きが終われば、ディオーニ様は遠くへ行ってしまわれるのですよ。私は借りを作ったまま終わりたくなかったのです。せめてお二人が少しでも幸せになるようになんとか仕向けたわけです」
まあ、とんでもない空気になってレティシア様に助けられましたが、とメリッサ様は茶目っ気たっぷりに舌を出した。
すこぶる可愛い。
破壊的に可愛い。
ディオーニ王子、よくこんな可愛いメリッサ様と結婚出来たのに、婚約破棄なんて暴挙に及んだな。
私が心の中でメリッサ様を愛でていると、今度は声高に叫び出した。
「ああ! 私、とんでもないことを」
――なんだ、なんだ。
急にどうした。
メリッサ様は立ち上がると、近づいてきて座っている私の手を包み込むように握ってくる。
「私、勘違いをしておりました! お二人は愛し合っているとばかり思いこんでいたのです。だから、お二人を結婚させることにしたのに……。ああ、どうすれば」
紅潮していたメリッサ様の顔が一気に蒼白へと変わる。
私はうろたえるメリッサ様の手を一旦解き、今度は外側から握り返す。
「そのことなら大丈夫です。落ち着いて下さい」
何故ですか? 本当ですか? と問うメリッサ様を宥めて隣の席へと戻す。
再び座ったメリッサ様が言う。
「もしかして、レティシア様は偽りの関係を続けるうちにディオーニ様を好きになられたのですか?」
――それは、うーん。
どうなんだろうか。
別れる前提で付き合っていたので、その辺りは自分でもあやふやだ。
私は答える。
「違うと思います。私はそれほど惚れっぽくないので」
「なら」
メリッサ様の顔が曇る前に、私は割り込む。
「他国へ逃げてしまえばいいんですよ。ディオーニ様が嫌になれば、それこそ隣国のメリッサ様のところへでも」
「あ」
国王様が下した罰が適応されるのは国内のみだろう。帰ってはこれなくなるが国を出てしまえば問題ない。
「メリッサ様は王妃になられるんでしょう? もしそうなったら、私を下働きでもなんでもいいので雇ってくださいませ」
身勝手ともいえる私の提案に、メリッサ様は興奮して何度も頷く。
「そうですね。私、気が動転して思いつきませんでしたわ。それはいい案ですね。さすがレティシア様。豪胆でいらっしゃいます」
その時はおまかせください、とメリッサ様は胸を張る。
ほんと、この人。可愛いな。
それからまた二人で色々とお喋りをした。
帰りに、落ち着いたら連絡先を教えてくれと言われた。もちろん私もディオーニ王子から聞いた話を手紙で打ち明けるつもりだったので了承する。
その後、もじもじとしているメリッサ様は、友達になってくださいと頼んでくる。
ありがたい話だ。
ようやく私は同窓の友人を得たのだ。
嬉しい話はもう一つある。
なんと父が見つかったのである。
父は借金を返すあてを求めて領地を出たが、金策に奔走しているところを馬車にはねられたのだ。
そして足の怪我と共に頭を打ち、一年近く記憶を失っていたらしい。
再会した時、父は私に対して泣きながらずっと謝っていた。
私も父に抱き着いて泣いた。
お家没落、領地没収と話さなければならないことが山積みであったが、私はもう流刑の地へと向かわなければならない。
父は失踪の一年でどこかに生活基盤を築いていた。読み書き計算が出来る人だ。必要とされたのだろう。
今後のことは、後々決めようと言って、父と別れた。
そして。
私はディオーニ様が居る、辺境へと旅立った。
■ ■ ■
馬車の御者が教えてくれたことによると、新規の開拓地らしい。
どおりで地図にも名が無いわけである。
国内の大河が氾濫し、その被災者たちの新天地として選ばれた土地が、私とディオーニ様が治める領となっている。
領地経営が立ちいくまで、三年の食糧援助が受けられる、と聞いた。
王都からは片道、五週間かかる。
馬車での行程はゆっくりだ。
領地に到着したのは、昼過ぎ。一時的に建てられた領主館で遅めの昼食を摂った後、使用人に聞いて外へ出た。
ディオーニ様は開墾作業へ出ているとか。
領主館から続く林を抜けると、一気に視界が広がる。
平坦で広大な地面は、ほぼほぼただの荒れ地だ。しかし、数多く立てられたポールによっていくつかの区画が決められており、未来の畑を想像させた。
晴れた空。
個別の集団に別れて荒れ地を整備する人々。
その一区画の、すでに畑として整っている場所で、ディオーニ様が子供と一緒に鍬を振っている。
私は少し高台となっている畦道で、日傘をさしながら座ってその様子を見ていた。
飽きることなく、ずっと。
長い間、眺めていると陽が落ちてくる。
農作業をしていた集団は、今日の労働を終えたのか三々五々、少なくなっていく。
私の姿を見つけたディオーニ様が、子供と別れて近寄ってきた。
私は持ってきていた水筒を差し出す。
「あの子が私の師匠でね。どうやら私には鍬を振る素質があるそうだ」
土であちこち汚れたディオーニ様が水筒からコップに注いだ水を飲んで言う。
その後、ディオーニ様は私の横に腰を下ろす。
しばらく見ない間に、ちょっと精悍になったかもしれない。
風が気持ちいい。
まだ夕日とは言い難い、微妙な赤色の太陽が重なる山陰に隠れていく。
私たち二人は、その陽を見ていた。
同じ方向を向いて座ったまま、ディオーニ様は話し始めた。
「私は第一子でね。初めて出来た子だから期待も大きかったんだろうな。物心ついた時から、厳しく躾けられた」
私は何も言わない。
恐らく、聞きたいことを話してくれているのだ。黙って聞いていた。
「語学、政治、帝王学。剣術、馬術……。あと、なんだっけな。まあ、幼少期から優れた教師を付けられて、毎日毎日、しごかれたよ」
そう言うとディオーニ様は、もう一杯、水を飲んだ。
「楽しい思い出なんて一つも無かった。食事さえもマナーの学びの場だ。味なんてどうでもいい。ただ叱られないように食べていた記憶しかない」
でもね、とディオーニ様は続ける。
「父上の視察に連れていかれた時、立ち寄った領地で同じ年ごろの子と遊んだのが物凄く楽しかったんだ。父上の目も無かったし、護衛たちは私の日頃を知っていたから気の毒に思ったんだろうな。仮病も見逃してくれた」
夕日は沈み続ける。
荒れ地の雑草も朱に染まる。
隣を見ずに、前を向いたまま私は問う。
「それだけのことで」
「ん?」
「それだけのことで私を助けてくれたのですか?」
私の言葉にディオーニ様が苦笑する。
「それだけ、と言うがね。私にはそれだけしか楽しい記憶が無かったのさ」
ディオーニ様はズボンが汚れるのも構わずに、足を伸ばしてぺたりと座りなおす。
「言っておくが、君の為に援助したんじゃない。私はそれほど惚れっぽくはない」
――お?
私と似たようなことを言ってるな。
お互い、惚れっぽくはないようで。
「全ては私の為だ。私は人生で唯一楽しかった思い出を大切にしたかったのだよ。君が借金のカタに老いた好色伯爵に買われてみろ。大事な思い出に浸るたびに、ああ、そういえばあの子は金で身を売る羽目になったんだな。と、思わなきゃいけなくなる」
そんなのは耐えられない、とディオーニ様は声を低くする。
それが私が選ばれた理由。
金だけ出す、という選択も出来たのだろう。だが私財とはいえそこそこの金額が動くのだ。王族が一男爵家に肩入れするのには理由が要る。
まあ、恋にとち狂ってなんて理由も酷いものだが。
「王位継承権を手放したかったし、メリッサも助けたかった。もちろん君もね。でも、一番の理由は、父上に歯向かいたかったのかもしれないな」
ディオーニ様は水筒を置き、小石を一つ拾うと宙に投げてもてあそぶ。
「それでだ、これから君はどうする? 裁きの場では鉱山送りとなっていたが、あれは想定内でね。私たちは若いし、父上も君の命までは取らないだろう、と踏んでいたんだ。死ななければなんとでもなる。弟のバッサーロも抱き込んでいたからね。ほとぼりが冷めたら二年くらいで鉱山から君を解放するつもりだった」
まあ、メリッサが全てぶち壊したが、とディオーニ様は溜息を吐く。
まだ続く。
「私との結婚なんて君にとっては迷惑だろう。メリッサも余計なことをしてくれたものだ。私は君を、その……愛していないし、君だって私を愛していないだろう。それで、これから君はどうしたい? なるべく希望に沿うようにしよう。君はどう考えているんだい」
ここへ来るまでは長い馬車旅。
私が色々と思案済みだとディオーニ様は思っているようだった。
私は日傘を畳み、ディオーニ様の方を向く。
「私が考えていることですか」
「ああ」
「そうですね。話が長いな、と」
「え?」
私の返答にディオーニ様は呆気に取られている。
「ディオーニ様の話は、君のために動いたんじゃないし、君を愛していない、だから君が何を望もうが大丈夫だ。みたいなことを随分もってまわった言い方をしているだけだな、と」
私の指摘にディオーニ様は、口をパクパクと動かすだけだ。
「あと、演技が下手になりましたね。私を愛していない、と言った時、台詞につっかえてましたよ。お顔も真っ赤だし」
私としては裁きの間の丁々発止が楽しかったので、是非とも再現したかったのだが、反撃は無し。
どうも真芯を食ったらしい。
ディオーニ様はぐうの音も出ない様子で、顔を朱色にしたまま、黙り込んでいる。
「ディオーニ様はどうやら我慢しすぎるきらいがありますね。欲しいものは欲しい。やりたいことはやりたいって言わないと、また今回みたいに溜まった鬱憤が爆発しますよ」
私の指摘に、何か言葉を返そうと頭をフル回転させている様子のディオーニ様。
「君は……私が君のことを欲しいと思っていると言うのか」
えらくたどたどしい口調でディオーニ様は言う。
――んー、ちがう、ちがうんだなあ。
「あー、そういうのじゃないんです。だって」
言いながら私はスックと立ち上がり、周りを見渡して両手を広げた。
「ここには、山も川もあるんですよ。ディオーニ様は王位から、私は借金から逃れられて自由なんです。とりあえず、暇を見てはあの時みたいに遊びまくりましょうよ」
恋だの愛だの、面倒なことは後回し。
私の提案に、ディオーニ様は拍子抜けした表情をしたあと、フッと笑った。
「なるほど、それはいい。やっぱり君は天才だな」
「そこはおねえさん、とは呼んでくれないんですね。僕ちゃん」
私があの時の記憶を覚えていたことが嬉しかったのか、ディオーニ様は満面の笑みで私の差し出した手を握る。
――始まりが嘘の関係。
なので一年かけて芽生えたディオーニ様への想いが愛かどうかはまだ確信が持てない。
でも、自覚するのにそれほど時間はかからないだろう。
私たち二人はきっと上手くいく。
だって、これからはお互いの心にどこまでも踏み込んでいけるのだから。
おしまい。
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ここまでお読みいただきありがとうございます。メンタルが豆腐ゆえ感想欄を閉じていますので、良いも悪いも思うところがあれば評価を押していただければ嬉しいです。