第二十三話 エピローグ
──数年後。
「ん……」
カーテンの隙間から差し込む朝日を受けて、ゆっくりと目を覚ます。
窓の外には、晴れ渡った青空が広がっている。
曇りや雨が多いイギリスでは、少し珍しい光景だ。
晴れの日はいつも、日本で暮らしていた頃を思い出す。
離れてもうずいぶん経つのに、今でも鮮明に脳裏に浮かんでは、私の心を掴んで離さない。
どうしても郷愁を覚えたときは、両親からの手紙を見て、気持ちを落ち着かせていた。
せっかく神様が地球から姿を消して、綺麗な青が見えるようになったのに、白や灰色の空の方を馴染み深く感じるなんて……仕方がないことだし、そう思う人は珍しくないみたいだけど、どこかちょっとだけ、複雑だった。
「ナナさーん、起きてますかー? 朝ごはん、できましたよー!」
ふと、階下から、明るい声が響いてきた。
私は慌てて身支度をして、階段を駆け下りる。
リビングの天井は高く、空調を管理する機械が、安全に取り付けられている。
引っ越し祝いで、ミホ先輩からいただいたものだ。
大きな窓からは行き交う人々とアンドロイド、そして車がよく見える。
部屋の隅々まで、外の光が柔らかく差し込んでいる。
室内は広いものの、家具は少ない。
低めのテーブルが一つと、くたびれたソファが一つ。
そして、窓際に置かれた小さなモニターからは、最新ニュースが流れていた。
壁には、薄い色合いの版画が一枚だけ飾られていた。
墨で描いたような、細い線の絵。……これは、両親からの誕生日プレゼント。
嬉しくて飾っているけど、正直、洋室のテイストとは合っていない。来客からは不評だった。
「おはよう、サクラちゃん。いつもありがとうね」
「このくらい、朝飯前ですっ! ……本当の意味でも、朝飯前ですけどね」
台所からひょっこりと顔を出して、純真無垢な笑顔を浮かべる。
初対面の頃の、したたかで裏がありそうな雰囲気は、もはや見る影もない。
……まあ、それでも、愛情は重いし、私以外の人には辛辣だけど……それが彼女の性格なら、無理に咎める必要はないだろう。
サクラちゃんはエプロンを外して、お盆をテーブルの上に持っていく。私も、自分の分を運んだ。
ほかほかの白いごはんに、ワカメと豆腐のお味噌汁。卵焼きと、漬物と、焼き魚。
絵に描いたような和食の献立が、綺麗に並んでいた。
これを見ると、ここがイギリスだということを、失念しそうになる。
「いただきます。……それにしても、本当に上手になったね。呑み込みが早いんだから」
「もう! だから、違いますってば! 器用だとか努力とかそういうのじゃなくて、愛の力なんです! ナナさんの為って思うと、できるってだけなんですよ!」
「はいはい、そうだったね。それでも、サクラちゃんは凄いよ」
イギリスに来たばかりの頃は、私が家事全般を担当していた。
サクラちゃんは料理や掃除もあまり得意ではなく、危なっかしくて仕方が無かったのだ。
けれど、日本にいるイチコ先生と連絡を取りながら、地道に練習を続けることで、めきめきと上達していった。
下から数えた方が早かった成績も、私とイギリスで二人暮らしをするためならと言って、猛勉強し、見事英語を習得した。
彼女の、愛というエネルギーから来る要領の良さは、本当に計り知れない。
もし私が「フェルマーの最終定理が知りたい」と言ったら、自力で証明してみせそうだ。
箸で焼き鮭の身をほぐし、白米に乗せて食べる。
ほんのりと漂う塩気と旨味が、口の中に広がった。
「魚料理ってことは、今日は裁縫教室はお休みなんだね」
「はい、そうです。あ、でも、生徒さんとの恋バナお茶会はありますよ!」
現地の人とこうやって親交を深めている様子を見ると、彼女の根っこの部分にある人懐っこさは前から変わっていないなと思う。
サクラちゃんはこの家で、裁縫の先生として。
私は、大学で日本語教師として働きながら、言語学に傾倒する日々。
慣れない土地での生活は楽ではないし、決して裕福というわけでもないけれど、それでも、慎ましやかに、穏やかな日常を送っていた。昔ながらのやり方を大事にしながら。
……とはいえ、完全にアナログというのも、この時代ではやっていけない。
ご飯を食べながら、何気なく、つけっぱなしのテレビに目をやった。
朝のニュースが、流れている。
まだ、英語の聞き取りには、自信がない。けれど……画面に映った映像に、思わず、箸を止めた。
「……あ、シーカだ……!」
そこに映っていたのは、見覚えのある顔だった。
腰まで届く長い黒髪と、切れ長の瞳。
少し見ない間に、大人びた雰囲気を醸し出している。
たどたどしく英語で受け答えする彼女の傍らには、舌を出して、のんびり座っている一匹の黒い犬がいた。レノちゃんだ。
黒い毛色は少し白っぽくなっていたけど、まだまだとっても元気そう。
「動物の保護、延命治療…………身体の負担を抑えた、新たな可能性、だって!」
私はつい、前のめりになる。
普段は興味なさげなサクラちゃんも、目を見開かせていた。
レノちゃんを長生きさせたい。
そんな願いに、着実に近づいているみたいだ。
シーカは高校を卒業してすぐに、動物や生物の研究者を目指し始めた。
大学に通いながら、二足のわらじで頑張っているらしい。
それにしても、世界的に高く評価されるなんて、自慢の友達だ。
書きかけの手紙に、ニュースで見たよって追記しなきゃ。……本人は嫌がりそうだけど。
そして、ニュースは更に続いた。
シーカが属している団体では、動物だけじゃなく、幼い子供たちの保護もしているらしい。
施設の様子が映っている中に、また、見知った姿を見つけた。
──クロハちゃんと、マシロちゃんだ。
二人が、小学生くらいの女の子に、優しく寄り添っている。
西宮姉妹は、シーカの研究を手伝いながら、虐待された子供や動物のケア活動に携わっていた。
『過去に、自らも苦しい経験をした彼女たちだからこそ、できるケアがある』
そんな字幕が、画面に流れる。私の心が、じわりと温かくなった。
「……へぇ。姉の方、リハビリ終わってたんですねぇ」
「姉の方じゃなくて、クロハちゃん、ね」
指摘すると、サクラちゃんは口をへの字にして、視線を反らした。
最近名前で呼ぶようになってから、何度もこのやりとりをしている気がする。
……それにしても、画面の中のクロハちゃんは、かなり痩せている。
ずっと椅子に座っているようだし、まだ本調子じゃないみたいだ。
けれど、その目には、静かな炎が宿っている。
相変わらずの不機嫌そうな顔も、子供たちの前では少しだけ緩んでいた。
そして、その隣でニコニコと微笑む、マシロちゃん。
二人はようやく、誰にも脅かされない日々を手に入れたのだ。
かつて、他人を傷つけ、自身が傷つけられ……大人に振り回されて苦しんだ二人が、今度は、同じ境遇の小さな命に、手を差し伸べている。
皆、離れ離れになっても、こうして、それぞれの道で、前を向いて生きている。
それが、何より嬉しかった。
ニュースが終わったと同時に、朝ごはんを食べ終わり、食器を片付ける。
歯を磨いて、お化粧をして、準備万端……の、ちょうどよいタイミングで。
ガラン、ガラン。
玄関の方から、低い鐘の音が鳴った。
「ナナさん、行ってらっしゃい! お気をつけて!」
サクラちゃんのハグを受け取り、パタパタと玄関へ駆ける。
扉を開けると、見慣れた姿の女性が、姿勢良く立っていた。
「ココナさん、おはようございます」
「おはよう、ナナ。準備できてる?」
繋ぎ目やロゴ、広告がない健康的な肌。そして、きめ細やかな髪と流暢な言葉遣い。
彼女がアンドロイドだと見抜ける人は、ほとんどいないだろう。
私が大きく首を縦に振ると、ココナさんは幸せそうな顔をして、私の手を優しく握った。
人間と同じ体温と感触には、毎度驚かされる。
ココナさんと並んで、往来の多い住宅街を歩き始める。
渡航してから、何度目の季節が巡っただろう。
地面には、たくさんの枯れた葉が、心地よい音を立てて足の間を通り抜けた。
キンと冷たい風と、暖かな日差しが混ざるこの空気は、アイリと始めて出会った頃のことを思い出させてくれる。
「いつもありがとうございます、わざわざ迎えに来てくれて」
「……言葉は嬉しいけど、アタシの行いは当然のことよ。アンタは被験者なんだから」
自覚あるの? と言わんばかりに、眉間に皺を寄せるココナさん。
彼女は態度こそつんけんしているけど、私を案じてくれているのは間違いない。
それに、送迎は自ら率先して立候補したと聞いた。
「そういえば、ミホ先輩の様子はどうですか? 最近会えてないので……その」
「ああ、いつものことだから、気にしなくていいわよ。また国際的な賞を取ったから、それで忙しいだけ」
サラリと、とんでもないことを言ってのける。
海を渡っても、あの天才ぶりは健在らしい。
ぶつぶつ言いながらも、ココナさんの口元は、どこか誇らしげだった。
フンッと鼻を鳴らすココナさんが可愛らしくて、思わずニヤけてしまう。
「何笑ってんのよ、この!」
脇腹を肘で小突かれた。
笑い合いながら見慣れた道を歩いていると、不意に、ココナさんが、目の前にホログラムを浮かび上がせた。
困惑しつつ、記されたメールを見る。
差出人は、アオちゃんとスナミちゃんだった。
『ナナのおかげで、英語の試験が満点だったんだぜ! お礼言っておいてくれ!』
『ナナちゃんへ。宇宙のお勉強、とっても楽しいよ〜。いつも、お話に付き合ってくれて、ありがとねぇ〜』
その他、ぎっしりと、近況報告や泣き言が綴られていた。
──ああ、そっか。私は、頬を緩めた。
二人とも、DEMsで働くという夢を叶える為に、日本の大学で勉学に励んでいる。
コネを使えばいくらでも近道はできる、と、ライラさんは言っていたけど、アオちゃんとスナミちゃんは、自分たちの力でやると言って聞かなかった。
そんな真っ直ぐさと健気さが、なんだか二人らしくて……そして、向けられた感謝の言葉が嬉しくて、誇らしい気持ちになる。
「……あ」
ふとココナさんを見ると、口元に手を当てて、ニヤニヤと笑っていた。
「ちょ、ちょっと、ココナさん! さっきの仕返しはやめてください!」
「アハハッ! ほんっと、人間って……ナナって、可愛いんだから!」
ココナさんはそう言いながら、私の頭を撫でた。
何か言い返してやろうと言葉を選んでいると、いつの間にか、目の前に大きな建物と柵が見えていた。
ライラさんが設立した新企業──ネモ・エーテルは、緑豊かな丘の上に、静かに佇んでいる。
私の家やスーパーが、ここからよく見える。
白を基調とした、洗練された建造物。
けれど、DEMs本部のような、無機質で冷たい印象は受けない。
赤いレンガの歩道や、自然を切り取ったような庭園。
荘厳絢爛でありながら、素朴さや親しみやすさが残る、温かな場所だった。
陽の光と清らかな空気を、全身に受ける。
何度訪れても、心が安らぐところだった。
エントランスに入ると、ちょうど、ライラさんが通りかかった。
「あら、ごきげんよう、ナナ。今日は良い天気ですわね」
「おはようございます。そして、お疲れさまです、ライラさん」
時の流れは早いもので、ライラさんは、面影を残したまま、清楚で美しい女性へと成長していた。
お酒が飲めるようになったと聞いたけど、もう飲んでみたのだろうか。
細やかな刺繍が施された洋服と、低い位置での二つ結び。
今ではこれが彼女の普段着で、真っ赤で豪華なドレスやドリルヘアは、正装という扱いになり、イベント限定となってしまった。
正直に言うと、かなり寂しい。しかし、それを素直に伝えると、ライラさんは決まってこう言う。
「仕事の邪魔ですもの」……そりゃそうだ。
「ライラ様。午後の会議の資料、まだ目を通しておられませんね」
「ああ、そうでしたわね。今すぐ取り掛かりますわ……それではお二人共、ごゆっくり。アイリはいつもの部屋で、ソワソワしてますわよ」
ライラさんとスカイさんは、顔を見合わせて、肩を竦める。
そして、そそくさと、仕事部屋へと入って行った。
「ミホも大概だけど、ライラも忙しそうね」
「そうだね……また、差し入れでも持っていこうかな」
「あ、それなら、この前くれたマカロンがいいわよ。アレ、相当気に入ってたから」
そんなことを話しながら、廊下を抜ける。
突き当たりにあるのは、木製の質素な扉。アイリの部屋だ。
扉のデザインにはそぐわない、厳重なセキュリティとたくさんのカメラ。
監禁されているみたいで少しだけ胸が痛むけど、仕方のないことだと理解している。本人も承知の上だ。
ココナさんを残し、私は、ゆっくりと扉を開ける。
そこに広がっていたのは、百人くらいは余裕で入れそうな、大きな空間。
半分は室内、半分は中庭のようになっていて、ガラス張りの窓からは太陽の光が差し込んでいた。
季節の花や葉が、静かに揺れている。
室内の壁には、大小二つのモニターが備え付けられている。
映像が流れているものと、アイリのバイタルが表示されているもの。
どちらも、監視機能を兼ねているらしい。
「アイリ。来たよ……って、わわっ」
扉を開けた瞬間、ふわり、と。淡く光る身体が、こちらへ、飛びつくように近づいてきた。
──アイリだ。
流れるような曲線と、透けて見える幾重もの層。
表面には仄かな七色の彩りが、絶え間なく巡っていた。
いつ見ても、見惚れてしまう。
神々しさと面妖さが、不思議なバランスで調和していた。
「──! ──!」
けれど、アイリの動きや声色は、そんな雰囲気を感じさせないくらい、無邪気だった。
身体の光が、ひときわ明るく輝き出す。
私と会えたことが、相当嬉しいみたいだ。
小柄な身体と四つ足を器用に動かして、まるで子供みたいに、くるくると嬉しそうに回る。
「アイリ、おはよう。朝ごはんは食べた?」
「──!」
また、アイリが何かを言った。
鈴や風鈴の音にしか聞こえないけれど、これがアイリの言葉なのだ。
アイリは思い出したように、近くにあった大きな端末機器を操作する。
画面いっぱいに書かれたひらがな一覧を、慎重に叩く。
『いま、たべてた』
聞こえてきたのは、人間に変身していた頃の、アイリの声。
ミホ先輩が、過去のデータをサンプリングして作った音声出力装置だ。
どうやら、アイリの知能はかなり高いらしい。
元々そういう生態なのか、それとも、人間の頃の記憶が残っているからか。
その辺りは、まだ解明できていない。
テーブルの上に置かれたお皿には、鉱物めいた塊が入っていた。
手の中に入れて、ゆっくりと溶かして食べる。アイリの今の身体では、これが普通らしい。
「今日は何する? 本? スポーツ? それとも、映画?」
『えいが、つづき』
「……前回見たのは確か、2だったよね。じゃあ、3を見よう」
待ってました、と言わんばかりに、アイリの身体が橙色に変化し、コロコロと音を奏でる。
二人で映画を観るのは、いつからか、お気に入りの時間になっていた。
特にアイリは、古いSF映画を気に入っていた。
アイリは急いで鉱物を食べると、画面の前で四肢(?)を収納し、丸くなる。
部屋を暗くして、身体を寄せ合った。
物語が動き出すと、アイリの反応は、いちいち大きい。
驚く場面では、パチパチと明滅するし、悲しい場面では、どんよりと暗くなる。
その素直なリアクションを見ているだけで、何倍も、映画が楽しくなるのだった。
「ふふ。アイリ、この主人公のこと、好きでしょ」
『うん』
図星だったのか、アイリの身体の彩度が上がる。
元々素直な子だったけど、それは、姿は変わっても変わらない……いや。むしろ、前よりも感情表現が豊かになっている気がする。
エンドロールが流れ終えて、ホッと息を吐く。
しばらく感想を言い合っていると、ふと、アイリが問いかけてきた。
『けんきゅう、じゅんちょう?』
「あ、うん。アイリの協力のおかげでね。言語学の教授も興味深そうにしてたよ。翻訳機械がなくても、話せるようになりたいから」
私の言葉に、アイリは、ぴょんぴょんと跳ねた。
それから──何かを、思い立ったように、ピタリと動きを止める。
「アイリ?」
全身が、ふるふると、小さく震えだす。
今までに見たことがない様子で、背筋がヒヤリとした。
何かの異常? 具合が悪いのかな。
不安な気持ちでいっぱいになっていると、アイリの内側の光が、ぎゅっと身体の中央に集まった。
そして。
「──な」
……え?
私は、息を呑んだ。
今聞こえたのは、機械からの音声じゃない。
アイリの身体から、直接……微かな、けれど確かな、音と声の中間みたいなものが。
「な──な」
震えながら、懸命に音を紡ぎ出すアイリ。
聞き間違いなんかじゃない。アイリが、私の名前を呼んだ。
ライラさんからも、ミホ先輩からも、こんなことができるなんて、聞かされていなかった。
『びっくり、した?』
かなり消耗するのか、力無く床に突っ伏して、ぎこちなく端末を操作している。
「う……うん、すごく……」
「──!」
未だ飲み込めずにいると、アイリは倒れ込んだまま、得意気に、軽やかな音を短く奏でた。
「…………アイリ」
気がつけば、私の目からは涙が溢れていた。
拭いても拭いても、止まる様子はない。
アイリは音を鳴らすのを止め、赤色の光を激しく明滅させている。
「ごめん、アイリ。困らせるつもりはなかったの。ただ……名前を呼ばれたのが、嬉しくて」
私は両手を広げて、アイリの小さな身体を、ふわりと包み込んだ。
──ヒヤリと冷たい。けれど確かに、ここにアイリがいる。
姿が違っても、言語が違っても、心は変わらない。
少しずつ、少しずつ、通じ合える。
『つぎ、は、ちやんと、よぶ』
「……ふふっ。うん。楽しみにしてる」
アイリが、人間の言葉を声にするのも。
私たちが、アイリの言葉や文化を学ぶのも。
どちらも、長い道のりだと思う。……それでも、着実に前に進んでいる。
その事実があるだけで、もっともっと頑張れる。
私たちには、未来がある。
たくさんコミュニケーションを取って、学んで、協力すれば……きっと、機械に頼らない会話くらい、できるはずだ。
そうすれば、アイリが自由な生活を送ることだって……。
「ん?」
そんなことを考えていると、アイリが私の袖を小さく引いた。
何を訴えているのかわかった私は、アイリを抱っこして、中庭へと歩き出す。
「──! ──!」
最近、私たちの間に生まれた、とある習慣。
それは、空の下で、踊ること。
雨の日でも、晴れの日でも、お構いなし。
以前見たミュージカル映画に触発されてやるようになった……言ってしまえば、ごっこ遊びだ。
お互い、下手なダンスを見て、声を上げて笑い合う。
最初こそ恥ずかしかったものの、今ではノリノリだ。
私もアイリも、この緩やかな時間が、何よりも好きだった。
アイリの光と声が彩る世界は、この世の何よりも美しい。
まるで、世界に私たちしかいないみたい。
この尊くて幸せな時間を、唯一無二の親友と過ごせる奇跡。ありがたさ。
それをゆっくりと噛み締めて、私は、軽やかにステップを踏んだ。




