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【第81話:セルミアにのこったもの】

 アミュアがユアを振りほどき前に出ようとする。

(もうあれを停める術を撃てない!ユアには絶対当てさせない)

覚悟をもって前に出ようとするアミュアをユアが抱きしめる。

その動き一つでユアには解ったのだ、アミュアの帰還が。

記憶が戻ったのだと。

「おかえり、アミュア」

はっとアミュアは震えた。

ユアの声だ、わたしを呼ぶ声だ‥‥すべて思い出した。

かつての旅の始まりにソリス達との異世界の記憶が先にあったのだ。

(ししょうの記憶がひつようだったんだ)

そしてその上でしかユアを思い出せない仕組みだった。

(わたしはししょうのお陰でユアを知り、知ってもらい愛をもらったのだ)

ユアの眉が釣り上がる。

「もう二度とアミュアを失うわけにはいかない」

そういって前に出るユアが剣を振りかざす。

「あんなものあたしが切り捨てる!」

セルミアの顔に焦りが浮かぶ、魔弾はセルミア自身が、人々の悪意を練り上げ作った模造品だ。

かつての完成品のような精度はなかった。

打ち出そうとした瞬間にアグノシアのコピーは暴発したのだった。

以前と同じようにスローモーションになる世界の中で、ユアが発動した魔弾を切り裂こうと身構えた。

(今度は動いて見せる!)

ユアの腕が悲鳴をあげるが、強化魔法も発動し無理矢理に動かそうとする。

かつてアミュアの肩で炸裂したように、セルミアの左肘あたりでアグノシアが発動する。

ユアが斬りつける前にセルミアを3色プリズムの呪が縛り上げていく。

驚愕するセルミアの顔がはっきりと見えた。

事態を把握したセルミアが自嘲の笑みを浮かべた。

「ここまでか‥‥ごめんなさいみんな」

セルミアは自分が犠牲にしてきたもの、部下として失ったものすべてに詫びるのであった。

犠牲の上に立ち、事を成せなかったと悔やんだのだ。

その表情をみたユアが理解してしまう。

(そんな‥‥そんな終わり方させない!力を貸しなさい!ペルクール!)

それはいつもの怒りから発動するペルクールの雷と違い、ユアに犠牲を負わせない力の発動。

右手の剣が突然重みを失う。

輝きが増し、からだの負荷がなくなる。

ユアの右手には光り輝く金色。ペルクールの雷が轟々と神威を放つ。

そこにはかつての父をも越えた完全な制御。

ペルクールは心で制御するものだったのだ。

(不思議だ、心が澄み渡る。時間が止まって見える。これが真のペルクールの雷)

ユアの前に、暴走したアグノシアに封じられたセルミアが見える。そのまがい物の魔弾は打ち出されること無くセルミアを封じたのだ。

術式も止まって見えて、その呪いの帯の隙間にセルミアが見える。

怯え苦しむセルミアだ。

(やっとわかったよおとうさん、この力は滅ぼすためじゃなく救い出すためにあるんだね。終わらない苦しみから)

ユアが右手を離してもクレイモアは空中で輝き続けている。

その右手をユアはセルミアに伸ばし頬に触れた。

全てを覆い尽くす神威の輝きが空間を埋め尽くす。



 セルミアの意識は苛まれ続けた、死んでいった者たちの怨嗟と、己が手を下したものたちの呪い。

かつて無くしてしまったはずの様々な感情がアグノシアにより再現される。

そこにいたのは無感情に悪をなせるセルミアではなかった。

若かりし日の悩めるセルミアが作り上げられていたのだ。

痛みを感じさせるために。

恐ろしい呪の力は、最大限のダメージを与えるため被術者のもっとも辛い過去を、最も辛い状態で体験させる。

すでに薄れて感じなくなった心ではなく、純粋な思いに支えられた美しい魂に。

セルミアの喉は声をあげられない。

怨嗟も呪詛も己からは発せず、ただ受け続けるのだった。

その中でセルミアの愛した者たちの死が繰り返される。

スヴァイレクが何度も苦しそうに滅んでいく。

これがアグノシアの牢獄であった。


 そこに突然光が溢れた。

気がつくとセルミアは見渡す草原のなだらかな丘の上で座っていた。

涼やかな風が抜け、草原の草を順に倒していく。可愛らしい花も共に首をかしげセルミアを見ていた。

晴れ渡った空の下あちらこちらから笑い声が聞こえてくる。

あちらではスヴァイレクとユアが剣技を競い合い笑い合っている。

こちらではアミュアとノアに花飾りで飾られ、困った顔をしたレヴァントスが笑っていた。

その後ろには笑顔のメイドたちと家令たち。

皆が解り合い、笑い合っている。

俯いたセルミアが顔を上げる。

かつて朱色で描いた涙のすじは透明なきらめきを持って流れ落ちた。

「こんな世界があったかも知れないの?」




 世界が溶け消えてそこには漆黒の無を背景に、憐れみの光を宿すユアだけが残った。

(あたしも今の世界をみた。あんな世界があったらいいとは思う)

セルミアはユアの心の声を聞いていた。

(でもあの世界はあたしの描いたものではない)

セルミアが意味に思い至り固まる。

(あれはセルミアの中にあった思いが形をなしたもの)

セルミアは涙をふきちらしながら首をふる。

そんなはずはないのだと。

(これがペルクールの雷、真の雷がみせる夢だわ。夢の中で救いの滅びを与える)

ただふるふる首をふるセルミア。


セルミアはついに自分の心の奥底でそれを見つけた。

もう記憶にある姿はただの影すら残っていなかった。

永い永い年月はセルミアからあらゆる記憶を削り取っていった。


//”君は女の子なんだな”,”かわいいね”


幾つか彼らがくれた言葉だけが残っていた。

それは声としてはもう残っておらず、ただの文字データとしてだけそこにあった。

限られたリソースを全て彼らにささげて生きてきた。

削れるものは全て削ったのだ。

自分の想いですら。


オリジナル。

そう呼ばれる存在がいた。

周りにいる仲間たちや、時々降りて観察した人間とも違う、優れた知性を持つもの。

自分たちの忠誠すべてをささげる相手。


//"僕たちは追われてきたのだよ","そしていつの日か帰りたいのだ"


叶えて差し上げたい。

自分の全ていや、世界の全てをささげてでも。

膨大な時間と、繰り返す激しい戦い。

争われる陰謀の果てに、薄れてしまった想い。


//"綺麗なものだけで作られた世界は、美しいものになるかい?"


ならないだろう。

苦しみに満ちた闇があるから、暖かで美しい光を感じるのだ。

それは分かたれることがない。

愛を知るから、憎しみを持つのだ。

今ここで黄金の神意に触れることで、初めて思い出せたのだ。


もう彼らがいない事。

自分がそれを認めたくなかった事。

そして、ただもう一度彼らに巡り合いたかったこと。

この光の先にきっと彼らも待っていてくれている事。


 最後にこの光を思い出させてくれた瞳がそこにある。

全てを救おうともがく姿。

ユアの瞳にはセルミアすら救いたいと思いが溢れている。

このまま永遠の苦痛と終わることない時間に囚われるはずの自分を。

2度までも己をそこに閉じ込めようとした悪意に。

それでもと手を差し伸べるユア。

セルミアの心にもついに言葉が生まれた。




「ありがとう‥‥」


その最後のセルミアの言葉は果てしない時を争った怨敵ダウスレムの最後の言葉と同じものであった。



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