【第79話:いたぶるセルミア】
ダウスレムの廃城にある王座。
その石造りの巨大な背もたれに、セルミアが寄りかかっている。
左上に向けた視線の先には、拘束されたノアがいる。
影に拘束されるノアは壁に張り付き、足は浮いていた。
両腕は左右に伸ばされ、足は一まとめに壁に張り付いている。
黒い軛は全身に及び、首以外の関節は動かないようになっている。
セルミアが視線はそのままに自分の左腕をなでる。
「このままでも撃てるでしょうけど、保険がほしいのよね」
にんまりと笑顔になりノアを見つめる。
「あなたの右手から力を奪いたい。心折れてくれないといただけないわ‥‥」
残酷な笑みは誰が見るでもないが、どこか美しささえあった。
「そろそろ起きる時間よノア、夜は短いのだから」
パチンとノアの体に衝撃が走る。
「むぐうぅ!」
痛みを感じる刺激なのか、パチっとノアの目が開いた。
叫びを上げたかったのだが、口は影に覆われていた。
「お目覚めね、ノア。最後のお願いよ、右手の力を私に使いなさい」
ジロっとセルミアを睨むノアは首をふる。
「‥‥そう残念だわ。別に貴方を苦しめるのが好きなわけでわ無いのよ」
するっとノアの口を拘束していた影が消える。
話がしたいのだ、セルミアは。
「こんなことをしても、もうセルミアに協力はしない。ノーラはどこ?」
笑顔のままのセルミアがするりと答える。
「もちろん殺して食べたわ」
くわっとノアの目が見開かれる。
ついで閉じられたときは涙が溢れた。
「ノーラ‥‥ごめんなさい」
にこりとセルミア。
「あなたの声はもう届かないのよ?残っていたメイド達もすべて喰らい尽くしたわ」
ふぐっとノアの喉がなる。
「みんな‥‥ごめんなさい」
セルミアは丁寧にノアに伝える。
メイドやノーラの最後を。
「ノーラは我慢強かったから、とても死ぬのに時間がかかったわ」
その丁寧さはもちろんノアを痛めつけるためだ。
「最後まであなたの行き先を言わなかったから、随分痛い思いをしたようよ」
ぎりとノアの唇が噛み締められ、血が流れる。
あっさり殺したと言うより効果が高いだろうと演出しているのだ。
「最後は殺してくださいと懇願していたわよ?」
「そんなことは絶対言わない!ノーラはつよいんだ!」
かっと目を見開き叫ぶノア。
すっと表情を消すセルミア。
にんまりとなり話し続ける。
「私は人の痛みや苦しみが好物なの、とても強い力をもらえるのよ」
これは本当であった。
「だからメイド達にはたくさん手を掛けて搾り取ったわ」
「ひどい!もう辞めて‥‥セルミアはゆるされない。」
唇をまた噛み締めてから絞り出す。
「わたしもゆるされない!」
ノアの心の変化をじっくり観察するセルミア。
(自責が増えたわけではない。少し方向をかえてみるか)
静かな表情のままセルミアが話し始める。
「そうね、許されないのだとは思うわ。家令の子達も同じように全て平らげたしね」
ノアは答えないが涙も止まらない。
「あの館にはもう誰もいないのよ?凄く静かになってしまったわ」
「‥‥」
ノアはもう答えない。
「そうそう、あの小さな村の子供はどうだった?あまり食べごたえがなかったけど、貴方の名前を最後に叫んだわ」
ノアは静かに目を閉じ祈るようにささやく。
「ごめんね‥名前もまだ聞いていなかった小さい女の子。わたしにもっと力があれば‥」
「その声も届かないわよ?」
セルミアには理解できなかった。
死者に詫び続けるノアの心は一つも弱らない。
「届かなくてもいい。わたしが言いたいだけだから」
セルミアの瞳がわずかに揺れた。
(これは手強い。随分強くなったわねノア。報告にあったカルヴィリスの影響か?)
すこし沈黙の時間。
セルミアは次の手を使うことに。
「ノアが力をくれないのなら、仕方がないから奪うことにするわ。力ごとね」
きっとノアが睨みつける。
「これはノアに使いたくなかったのだけどね、私はノアの力だけ貰えればいいのだけど?」
セルミアの右手があがり、詠唱を始める。
紫色の光と茶色の光がプリズムのように混じり合う。
混合魔法であった。
丁寧に詠唱する間、ノアは動かず睨みつけていた。
詠唱を終えたセルミアが告げる。
「これはまだ研究中の魔法でね。名前はないのよ」
それが最後の詠唱だったかのようにセルミアの右手の先から光が打ち出され、ノアの胸に命中した。
ノアはビクンと跳ね上がり、拘束している影がみしみしと異音を発した。
「ひとの心に作用して、心の支えを壊す魔法よ。弱り果てたら美味しくいただくわねノア」
そういって立ち上がったセルミアが出口に向かう。
そろそろ邪魔が入るだろうと想定しての動きだ。
ビクビクとノアは白目をむいて痙攣を続ける。
口の端から血にまじり赤い泡がたれてくる。
セルミアの魔法が命中した瞬間にノアの意識はブラックアウトした。
次に意識が戻るまでどれくらいかかったのかノアには解らなかった。
痛みどころか、体の感覚が無くなっていた。
セルミアの放った術式は魔弾アグノシアを研究していた者と共同して紐解いた、アグノシアを構成する術の一部だった。
それは被術者の心を読み取り、対抗する核を砕く魔法であった。
今ノアの眼の前にはその核たるものが居る。
カルヴィリスであった。
冷たい目でノアを見つめるカルヴィリス。
それだけでノアの心は張り裂けそうであった。
「愛されたことのない獣」
カルヴィリスが言葉を紡ぐ。
「いやあ!」
ノアが悲鳴をあげる。
カルヴィリスからだけは聞きたくない言葉であった。
「影に潜み、全ての人に敵意を向けられる獣」
「いやぁ。ちがうもの。ノアは獣じゃない!」
カルヴィリスの姿に甘えるようなノアの声が向けられる。
今目の前にいるカルヴィリスは容赦をしない。
それは術式が盗み出した、ノアの心に破壊の悪意を盛り込んだもの。
魔弾アグノシアの悪意であった。




