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【第74話:丘の離宮】

ここから第8章です

 森の中の隠された洋館。

かつて美しく賢い王妃がいた。

国王の第二婦人という、王城内でも上から数えられる権力者だ。

若かりし日には美しく愛された王妃であった。

時には血筋で選ばれた正妃以上の人気を一部で得ており、若年から政治にも興味を持って取り組んだ。

美貌と権力、そして智略を与えられた第二王妃は世の春を謳歌したのだった。

 そうして成功を収めた美しい婦人。

恨まれないはずもなく、貶められるのであった。

結果追い込まれたのがこの王都より少し離れた丘に隠された洋館である。

この館に通ずる道にはすべて関所があり、行き来は厳しく監視された。

不気味さと恐れから『丘の離宮』と呼ばれていた。

それでも安心できなかった政敵や、恨み重なる正妃により次々と刺客が送り込まれたのであった。

第二王妃のその後は伝えられていないが、館の地下には恐ろしい牢があり、許されない悪意が満ちているのであった。


「セルミアさま‥お許しください‥」

若いメイドのか細い声は、もはや消え入りそうだった。

「そうね、ごちそうさま。ゆっくり休むといいわ」

セルミアの声音は優しげで、むしろ慈愛すら感じさせた。

その直後、若いメイドは静かに崩れ落ち、闇に溶けるようにその姿を消していった。

黒い靄が渦巻き、セルミアの手元に流れ込む。

唇を湿らせる赤い舌が、それを味わうように動いた。

ただそこに残されたのは、静まり返った部屋と、役目を終えた装置たちだけだった。

セルミアの左手には黒々とした影がまとわりついている。

メイドたちをすべて絞り尽くした成果だ。

「さて、もう少しだけ欲しいわね。つぎは家令の子をいただこうかしら」

失った左腕は今やおぞましい黒い影となり、セルミアに絡みついているのであった。


 この館に務めるものは、かつての第二王妃の派閥から厳選された家々とその子孫であった。

代々この離宮の主に仕え続けた、忠義の一族である。

今の主セルミアにも、気持ちは別として最大限の忠節を捧げているのだった。

その家令達の親もかつて、同じようにセルミアに仕えていたのだった。


 やがてセルミアの食事が終わった頃には、この洋館は無人と化していたのだ。

今のセルミアには普通の左手が付いている。

動きを確かめるように、指を試していると話しかける者がいた。

少し距離がある。

「まさかこの洋館を捨ててしまうとは。随分長いこと仕えていたのではないのか?彼らは」

レヴァントゥスであった。

家令から異常事態と報告があり、様子を確認に来たのである。

「‥‥」

セルミアは無言で俯いている。

答えを待つレヴァントゥスには敬意は伺えない。

取り繕うのを辞めたのだ、見るものがいないので。

スヴァイレクと違いレヴァントゥスにはセルミアに対する敬意はない。

恩義は感じていたので、従っていただけである。

セルミアの足元に一組の家令の衣服が落ちている。

靴まで揃っていたそれは、先程まで生きていたと見取るに十分な証拠であった。

「実は僕も長いこと家令達の長として務めてね。今の彼らの祖先まで遡り付き合いがあった」

レヴァントゥスがそこで言葉を切り、セルミアに近づく。

声を届けるだけならここまで近づく必要もない。

「すこし情が通っていたかな?今の君に従う気持ちはもう無くなってしまったよ」

キリと睨みつけるレヴァントゥスの瞳には怒りが浮いている。

「公都エルガドール周辺の人々から恐怖と痛みは集めていただろう?スリックデンでも‥」

あと一歩進めば剣の間合い、といった所でレヴァントゥスは語る。

「量や質は足りていたはずでは?この館に手をつける意味がわからないよ」

レヴァントゥスには静かな怒りが満ちている。

「‥‥‥のよ」

セルミアがうつむきながら告げる。

声が小さすぎて、耳のよいレヴァントゥスにも聞き取れなかった。

不審に思い黙っていると、より強い声が漏れた。

「スヴァイレクが死んだのよ」

声とともに俯いたセルミアの瞳から液体が雫となって落ちる。

さすがに驚いたレヴァントゥスが聞き返す。

「そんな馬鹿な‥‥あのスヴァイレクを、それもノアに強化された彼を倒せるものがいるのか?」

驚愕に見開いた目を、すっと細め考え至る。

「ペルクールの使徒か?だがあの技量では届くまい?」

怒りを収め、戸惑いを浮かべるレヴァントゥス。

セルミアが背を向ける。

「あの二人。ユアだけでもアミュアだけでも倒せた。二人揃っていたのが敗因だった」

声が落ち着いたものになり、いつものセルミアに戻ったのかとほっとしたレヴァントゥス。

振り向いて告げるセルミア。

「決して許さない。必ず葬るわ」

静かに告げたセルミアは血の涙を流している。

唇も噛み切ったのか、端から血が流れ落ち足元で集い小さな血溜まりとなっていた。

表情はそのままに壮絶な悲しみと怒り。

そこにあるのは復讐だけであった。

すでに誇りも使命もセルミアには残っていなかったのだった。

息を飲むレヴァントゥスがたじたじと下がる。

「セルミア‥‥志はどうしたの?あんなに昔話してくれたじゃないか?」

ぺろりと赤い舌が血を舐め取る。

唇まで赤くしたように見えてレヴァントゥスは本当に久しぶりに怯えた。

「そんなものは後でいいわ」

告げるセルミアは後など考えていないと、レヴァントゥスには伝わった。

こうして長い歴史をもった丘の離宮が、作られた理由たる本人によって滅ぼされたのであった。



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