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【第72話:もんだいがある二人】

 武器も抜けずにカルヴィリスは焦りを隠せない。

なにしろ相手が相手だ。

 深夜まで街を影から回ったカルヴィリスは、あちこちでギルドの痕跡を見つける。

嗅ぎ回っているのではないと主張するように、見つけた先から逃れてきた。

そして、今日観光した橋の一番高い橋桁の上で、ギルドの客と会った。

場所はカルヴィリスが選んだ形だ。

向かいの同じ高さにある橋桁には、影そのもののような不定形の気配がある。

「これはこれは、師匠御自らお出ましですか。恐縮です」

すっと刺客流の拝礼を取るカルヴィリス。

「ひさしいねカルヴィリス、創健そうでなにより。なに先日の未熟者を見逃してくれた礼だよ」

恐ろしいくらい特徴のない声。

ちょっとすると男女すら危うく、ましてや年齢など推察も出来ない。

その声だけでも技量の差を思い知るカルヴィリス。

(想定外だった‥‥まさか影四師の一人が出張ってくるとは)

それは暗殺ギルド内に居ると伝えられる4人の師匠。

カルヴィリスも眼の前のものしか知らない、秘された異能の師達である。

(これは本当に人間なのか?影獣の私すら怯えさせるとは)

戦っても勝てるビジョンが見えないのであった。

「黒き女神の相手で忙しいだろうから手短に行こうね。私もそう長くはここに居られない」

どきっと鼓動が狂うのを隠せないカルヴィリス。

「スヴァイレクが死んだようだよ?セルミアも長くはないとギルドは考えている」

カルヴィリスが口を挟めない密度で情報が来る。

「レヴァントゥスも公都エルガドールを離れたので、非常に動きやすいようだねギルドは」

冷めたい汗が背を伝う。

スヴァイレクはまだしもレヴァントゥスの名前まで出るとは。

丁寧に隠していたはずだ、レヴァントゥスとセルミアの関係は。

「影獣たちもいろいろと大変なようだね?ペルクールは手強いと聞くし」

抑えきれない殺気が漏れてしまうカルヴィリス。

「おおこわいこわい。そんな気を当てないでおくれ、か弱い老婆に」

声に年齢と性別がこめられた。

本物ではあるまいが、そうとしか感じられない技術がある。

すうっとカルヴィリスの気配も戻る。

「今の話は私とお前の師弟だけの会話だよ、ご安心おき」

話が止まる。

答えを待っているのだ。

「わかりました。公都エルガドールにはこれ以上近づきません。辺境にでも行ってみようと思います」

答えに満足したのか、返事もなく気配は去った。

カルヴィリスは自分の着ているものが絞れるくらい汗を吸っていることに事後に気づいたのであった。

(バケモノめ‥‥)

カルヴィリスをして恐れるものが公都エルガドールには居るのであった。あと3人も。




 部屋にもどるとノアは起きていた。

真っ赤な目で戻ったカルヴィリスを見ている。

「どうしたのノア?目が覚めてしまったの?珍しい」

ノアは一度寝ると朝まで起きることはない。

今まで例外もなかったのであった。

「ルヴィ居なくなっちゃったのかと思った‥‥ノアは悪い子だから一緒にいるのがイヤになったの?」

ベッドに上体を起こし、両手を揉み合わせるようにして上目遣いに見てくるノア。

カルヴィリスは自分に後ろ暗い所があるので、ノアを抱き寄せることをしない。

それがノアにはメイド達と違う、距離を置かれる感覚として感じられるのであった。

すっと顔を両手で覆うノア。

声は出ていないが泣いているのがわかる。

そこまでして初めてカルヴィリスは動くことが出来たのだった。

ノアのそばまで恐る恐る近づくカルヴィリス。

「ちがうの‥ノアごめんね」

ついにノアを抱き寄せるカルヴィリス。

何が違うのかも口に出来ずに、ノアが悪いのではないと伝えたいがために。

胸に抱いたノアの体はとても熱かった。

「ごめんねノア」

それ以外を口にできないカルヴィリス。

今夜有ったことを考えると軽々しい約束が出いないのだ。

大丈夫だとも、一緒に居るとも伝えることが出来ない。

互いにそれ以上の言葉はなく、ノアが改めて眠るまでカルヴィリスは側に居たのであった。




 目が覚めたノアは、カルヴィリスがまだ寝ているのを確かめそっとベッドをでる。

部屋には備え付けのシャワールームがあり、昨夜カルヴィリスと一緒に入ったばかりだが、寝汗でべとべとだったので入ることにした。

少し時間がかかったが体を洗い、髪も不器用ながら自分で洗った。

脱衣所兼化粧室の大きな鏡にノアが写っている。

教わったように濡れて重くなった髪をタオルで包み押す。

鏡の中には子どもではなく、成長したノアが写っている。

(わたしはこんなに大きくなっていたのか)

驚いたことに鏡でちゃんと自分を見たことがなかった。

顔はみるし髪型も鏡で見るのだが、興味がなかったので体をちゃんと見たことがなかった。

カルヴィリスには劣るかも知れないが、村でみた幼女やユアやアミュアに劣るものではない体だった。

(もう子どもではない。貞操感?も持たなくてはならないと教わった)

貞操感はまだ理解しきれていないようだった。

髪を乾かしながらノアは考える。

考えなければいけないと、昨夜カルヴィリスに抱かれながら気づいたのだ。


『ノアはこれからどうしたい?』

かつて問われたカルヴィリスにちゃんと答えなければと思ったのだ。

ちゃんと側に居たいと伝えるために、ちゃんと答えなければと。





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