【第62話:うしなわれたもの】
コツコツとヒールの音が鳴る。
黒い影が奥の扉から現れる。
セルミアだ。
気配で気付いたユア達が立ち上がろうとするのだが、消耗と痛みでそれぞれ立てない。
入口の脇でしゃがむセルミア。
足元にわだかまったスヴァイレクの灰を右手に握りしめる。
セルミアの双眸は朱色の涙で濡れていた。
しばらく祈るように俯いていたセルミアが、そのまま首だけでユアを見た。
「スヴァイレクは私の最初の部下だったの」
先ほど空耳のように、ユアに聞こえた静かな声だった。
「ずいぶん長い時を共にしてきた」
すっと立ち上がるセルミア。
左手には先程の狙撃銃。
胸元からとある弾丸を取り出す。
禍々しい青い魔力を湧出する黒い弾丸。
スリックデンの研究所から持ち出したあの弾丸だ。
いまだ動けないユアがアミュアを庇おうと引き寄せる。
その背にセルミアが話しかけた。
「ながいながい時の中で、何度も沢山の部下を失った」
左手で操作し銃を真ん中あたりでカチャリと折った。
「本当に大事な部下はすべてペルクールに滅ぼされたわ」
中折させた銃に弾丸を込めるセルミア。
「この弾丸はわたし達影や、神をも封印しようと人の悪意が完成させた弾」
いままで淡々と話していたセルミアの声に感情が入る。
「皮肉ね、わたし達を封じようと作った弾でペルクールを封印するなんて」
こもった感情は嘲笑。
「術式はあらゆる知性をその最も耐え難いシーンに閉じ込めると言うわ」
全人類への嘲笑。
「永劫の苦痛の中で尽きない時を過ごしなさいペルクール」
またセルミアの感情が抜け落ちる。
すっとユアの頭に照準した。
引き金を引く瞬間にセルミアの感情が爆発する。
血の涙を流すセルミアの怨念が全てこもったような執念の叫びだった。
「くらいなさい!ペルクールの使徒よ!滅びたすべての影の心を!」
セルミアの左手に握られた銃が長い銃身から光を打ち出した。
あの弾丸だ。
ユアの右手はまだ動かない、アミュアの癒しが回りきらないのだ。
動かせるにはまだしばらく必要だろう。
光はユアの頭に向かう。
それはスリックデンの超技術の結晶、神をも封印せしめる弾丸アグノシアだ。
ユアにはすべてがスローモーションに見えた。
ゆっくりと手を離したアミュアが両手を広げてユアの前に出る。
青白い光る弾丸はアミュアの右肩に当たった。
当たることで魔法の解析が終わる。
(やはり三種複合!闇、水、地だ)
そこを起点に長大な呪言の様な文字と図形がプリズムの色で描かれる。
その虹色に輝く帯がアミュアを縛ろうとする。
アミュアは左手で銀のロッドをかざし魔法を発動する。
読み解いた3種複合魔法の反応属性たる、光と炎と風だ。
3種複合は初めて発動させたアミュア、制御と変換魔力が追いつかず苦しい。
アミュアの左手の爪が弾け飛び血の線が空中に伸びていく。
「あああぁあぁっぁあっぁ!!」
アミュアの喉が絶叫を放つ。
キッとロッドをみるアミュア。
「ししょう!おねがい!ちからをかして!!」
左手に持つロッドから突然緑の魔方陣が左手全体に巻き付き粒子に変えていく。
ソリスの積層魔法陣、人体変換だ。
遂にアミュアの左手が全て解かれたところで魔法発動。
綺麗に反応した魔法はアグノシアを食い尽くし、アミュアとセルミアに等しく返した。
セルミアの左手にもった銃が粒子に解かれていく。
途中で気づき手放したが、結局左手はすべて持っていかれた。
アミュアの銀ロッドも塵になり消えて、ゆっくりとアミュアが前に倒れる。
「アミュアァァ!!!」
やっと動き出した時の中で、ユアは空気さえ邪魔だと思いながら前に出る。
地に落ちるまえのアミュアを受け止め胸に抱え背中から落ちた。
恐ろしいほど軽かった。
アミュアは左側が半分近く無くなっていた。
左腕、左の脇腹から腰、左足の左半分。
消えていったソリスのように、今も緑色の輝く粒子になり失い続けている。
うっすら開いたアミュアの目がユアを見る。
焦点はあわず見えてはいないようだ。
「よかった‥ユアぶじ‥だ」
弱々しくそれだけをかすれるように告げ、すみれ色の瞳はまぶたに隠された。
「いやあああああああああああああああああああああああ!!!」
ユアの喉が絶叫を放ち、右手と左手どちらも金色の輝きを放つ。
部屋中を埋め尽くすその神なる力に耐えられず、セルミアは逃亡した。
失った左腕と、最大の臣下スヴァイレクの遺骸を打ち捨てて。
光が納まり、部屋が暗闇を取り戻した時。
ユアの腕の中にはやはり、左側を失ったアミュアが残されていた。
血は流れず、しかし先ほどまでアミュアを食い散らしていた緑の粒子も無くなっていた。
「あ…あ…あ…あ…」
意味をなさないうめきしか出ないユアが首をふる。
残されたアミュアの部分をむねに描き抱いた。
「いや…いや…いやよアミュア」
優しく抱きしめるアミュアはくったりして答えない。
ユアの両目から涙が流れ続ける。
「いやだよぉアミュア起きてよ…」
ぎゅっと顔をアミュアの残った胸に押し付けた。
トクン
はっと顔を上げるユア。
ぱっと改めて耳をアミュアの胸に押し付ける。
トクン トクン トクン
微かだが、アミュアの真ん中に確かに鼓動があった。
アミュアに縋りつくユアの目から別の涙があふれ続けたのだった。
それは喜びの涙。
失われなかったという歓喜の涙であった。
ユアの精神はすでに正常な判断を失っていたのだった。
鼓動以外のものは失われていると気付けないほどに。
乾ききった廃城にユアの泣き声だけが陰々と流れていく。
こうして争いあった二人は、それぞれの最も大切なものを失ったのであった。
スヴァイレクの灰がさらさらと風に流れていく。
長かった彼の時間を測るかのように。




