【第44話:ノーラの覚悟】
落馬の衝撃から回復した、ノーラは手の中の黒マントを打ち捨てた。
既に身代わりは露見したとの判断だ。
上空に気配を捉えていた。
驚いたことにセルミア本人であった。
今は声が届くほどの位置に降下してきており、その表情まで見て取れた。
「ノーラどういった目論見かしら?身代わりまで準備して。ずいぶん手際が良いわね」
しっとりと落ち着いた声で話しかけてくるセルミア。
ついに地面に飛び降り、ノーラの間合い少し外に立った。
ノアの身代わりに見立てた藁の束を、マントでくるんだものは、打ち捨てられた時に少し解けて散らばっていた。
(ノアお嬢様は何処まで行けたでしょう‥‥)
セルミアを睨みながら、少しだけ焦りを覚えていた。
セルミアに脅威を感じないのではなく、ノアの身しか案じていないのだった。
ノーラが把握しているセルミアの戦力でも強者たる、スヴァイレクやレヴァントゥス辺りには、手迎える気もしない力の差を感じていた。
ましてやそれらが敬意を寄せる相手だ。
弱者であろうはずが無い。
不思議とノーラは安堵すら覚えていた。
ノアがセルミアの悪意に気付いてよかった。
言うことを聞いて逃げてくれた。
それだけでノーラは満足していた。
後はどれだけ時間を稼いでノアから目をさせるか。
それだけを考えているのだった。
「どうなさいましたか?セルミア様。朝の遠がけは禁じられてはいなかったかと存じますが」
白々しく尋ねるノーラ。
既に誤魔化す素振りさえなく睨み付ける。
落馬のダメージはけして軽くはなく、ノーラは気合いで震える身体を押さえつけていた。
「ふふ、術が解けてしまったかと思いましたが、そうではないようね」
セルミアの答えは冷静で、研究者の様な視点であった。
まるでノーラの裏切り自体に興味は無いように。
その異質さにノーラは恐怖する。
今は把握出来なくなっているが、未だ術に囚われていると宣言されたのだ。
この時点でノーラはノアとの合流を諦めた。
「恐れ入りますが、只今を持ってノーラはお暇をいただきます。短いお付き合いでしたねセルミア」
遂に取り繕うのをやめるノーラ。
その瞳には過日にない決意が輝く。
身体強化の魔力が紫に纏われ、ノーラは左半身になる。
左手にはいつ抜いたか細身の短剣が逆手に。
抗うことで時間を稼ぐ事としたのだ。
ノーラの覚悟を見てニンマリ笑うセルミア。
裏切りなどセルミアに毛ほども動揺を与えない。
「そう、惜しいわね優秀な配下はいくら居ても困らないのに」
実験結果を口にするように冷徹なつぶやきであった。
先程の申告は嘘で、ノーラに植えた種子は反応を返さない。
強い意志が弾いてしまうのか、新たに植えることも出来なかった。
騙されたノーラの覚悟は無駄であった。
(やはり不審を強く持たれると、うまく種子が入らないし、思考も読めない)
これからはもう少し気をつけましょう。
それだけがセルミアの心には浮かんだのだった。
さあっと朝日が差し込んでくる。
臨戦態勢のノーラと、自然体で立つセルミアの間にも光が届く。
時間を稼ぎたいノーラは動かない。
大した問題ではないと、ノーラから興味を失ったセルミアも動きがない。
しばし静かに朝の訪れを待つかのような2人の間には、一方的に殺意が流れていた。
突然セルミアが告げる。
「ノアはきっとあの2人の娘を探すわね」
ノーラはセルミアの言葉で、先日まみえた敵を思い出した。
瞬間ノーラの左足が地面を爆ぜさせる。
セルミアに向け跳んだのだ。
言葉はなく濃厚な殺意だけが弧を描きセルミアにせまる。
動かないで微笑むセルミアに過たずノーラの短剣が刺さる。
柄まで入るのは、メイド達への手向けの力か。
ノーラは静かに祈った。
(お嬢様どうかご無事で)
次の瞬間ひるがえったセルミアの左手が爪先まで伸びる。
爪は黒ぐろと影で伸長され二の腕程の長さになっていた。
それは皮肉にもノアの爪に極似しており、ノアから学んだ戦闘技術がノーラを終わらせたのだった。
首と胴が別々の軌道で落下し、ノーラの想いを添えて伏したのだった。
刺さったはずの短剣もカランと落ちた。
血の一滴もついておらず、セルミアは一切ダメージは無いようだ。
セルミアは足元を見ながらふとつぶやいた。
「ああ、惜しいことをしちゃった。ノアの目の前で殺せば良かった」
ちょっと失敗しちゃった。
それがノーラの覚悟に手向けた、セルミアの最後の言葉であった。
ノアは朝日に向かって走っていた。
ノーラの態度からセルミアへの疑いは決定的になり、今までの自分の行動にすら疑念を持った。
自分で決めたことがほとんど無かったと。
そうしてすっかり朝が明けて午前からさんさんと日光が照らし出す頃、ノアはかつて一度アミュアとであった城塞都市まで来ていた。
「ここは前に忍び込んだ所だ。隠れる所が沢山あったはず」
立ち止まり城壁を見上げながらノアがつぶやいた。
「ノーラは無事だろうか?」
そうして見上げていると、東の街道の方から一匹の獣が走り寄ってくる。
殺気はなく、どこかあたたかな気配であった。
かなり大きく黒い。
(あれも前に見たことがある!どうしよう?!)
あたふたしている間に、あっという間に近づいて止まった。
黒い獣。
夜霧にはアミュアが騎乗し、前席にユアがしゃがんでこちらを見ていた。
獣は柔らかくて温かそう。
茶色はふわふわして甘酸っぱそう。
そして自分にそっくりな銀色は、かつて名乗り合いアミュアと知っていた。
とても甘やかな気配がする。
ノアはそうしてユア達に捕捉されたのであった。




