【第43話:セルミアの追跡】
離宮のメイド達を束ねるメイド長。
実はノーラはとても優秀で、剣術だけでなく魔術一般も収めていた。
メイドのスキルはもちろんだが、王族の周りにいる人間にはそれくらいは求められるのだ。
ましてや上長となる人物にはそれなりの素養が求められる。
ノアの言葉を聞いた瞬間に、自分の中にある術が発動しているのを感じ取ったのだ。
(やられた‥いつから仕込まれていたのか)
それはセルミアの植えた種。
とても巧妙に心のすき間に植えられているので、被術者は普通は気付けないのだった。
ノアの言葉に大きく心を乱したがゆえに、気づけた。
ついに今のノーラ・スリューヴェンはセルミアの秘術を把握したのだった。
すっと人差し指をノアにあてるノーラ。
静かにの合図だ。
そして「少しだけお待ちを」とノアにささやき、立ち上がる。
(どこまで見えて、聞こえているセルミア)
すでに主人とは思わないことにしたノーラは怒りに眉を吊り上げていた。
後ろに控えているメイドに近寄り、少しだけ面倒な用を言いつける。
自分の部屋からものを持ってくるよう頼んだのだ。
これでしばらくは戻るまい。
家人はすべてやられていると判断したのだ。
出ていったメイドを見送らず、ノーラは詠唱に入る。
結界魔法の応用で、気配や思考を遮断する密偵や暗殺者向けの呪文。
術を見破るには術を知らなければならず、王族の護衛も兼ねるメイド長には必須の術だ。
「シクルードシャドウ」
闇魔法だった。
これでセルミアには遮断したことがわかるだろうが、こちらの情報も渡さずにすむ。
ぱっと走りより、驚いて目をみはるノアを立たせ連れ出す。
「こちらへ、ノアお嬢様。ノーラについてきてください。お話は後ほど」
裸足に夜着の姿だが、着替えさせる暇はあるまい。
先ほどくぐり館内に戻った裏口を再度通り抜け、無人の裏庭に出る。
すぐ近くには厩もあり、馬丁も休んでいる時間だ。
「お嬢様、ノーラは不覚にも術をかけられております。今は遮断しておりますが遠からずセルミアに捕捉されます」
ノアの肩を両手で抑え、真剣に伝える。
「セルミアは恐ろしい悪意を持ってお嬢様に接します。何も聞かずにお逃げください」
「でも、ノーラは?大丈夫なの?ノアが守ってあげるよ。一緒に来て」
ノアは不安そうにノーラを見る。
ノーラの中にもりもりと力が湧いてきた。
「ノーラは強いんですよ。ご安心ください、必ず探し出してお側に参りますから。今はできるだけ遠くにお逃げください」
ノーラの決意が伝わったのかどうか、ノアはふりかえりふりかえりしながら裏庭の角から外へと逃げ出した。
ノアの気配が消えたことを確認して、ノーラは厩に入った。
セルミアは今現在200人を超える配下を持つ。
一人ひとりに影を忍ばせ、必要なときに視覚や聴覚を借りることができた。
それは200の目や耳を持つのと同じだが、同時に全てを見ているわけではなかった。
しかし残念ながら、今夜監視していたのはまさにノーラと、当番のメイドであった。
この能力も万能ではなく、解像度は低い感覚共有で、逆に複数を同時に見ることもできるのだが、一人に集中しても全て把握できるわけではなかった。
ノアの質問は聞き取れなかったが、ノーラの反応は見たのだった。
(これはなにか不穏な雰囲気ねノア)
共有視界の中でもう一人のメイドに用を言いつけるノーラ。
その直後にノーラからの共有が切れた。
異常事態であった。
(ノーラ‥なかなか優秀ね。気づかれたか)
そう思考しながらも、セルミアは慌てず立ち上がり目をつぶった。
(駄目ねスヴァイレクもレヴァントゥスも近くにいない)
スヴァイレクレベルの配下になると、共有の能力は使えない。
その代わり自分との距離を繋がりの感覚で測ることができた。
方向はわからないが、距離はわかるのであった。
近くまで行けばさらに精度がある位置把握ができるのだった。
これは魔術ではないので、スヴァイレク達にもわからない感覚であった。
(とりあえず監視しましょうか)
窓により、開くと宙に浮き外に出た。
レビテーションの魔法であった。
建物の外まで上がると、物品取り寄せの魔術を発動。
緑色の魔法陣が宙に描かれる。
取り寄せの魔術は失われた古代魔術の一つで、事前に魔法陣の準備が必要な儀式魔法だ。
先日乗っていた浮き上がる円盤を呼んだのだっった。
足元にきたそれに乗ると同時にレビテーションを破棄する。
この円盤も太古の技術でつくられた古代魔法のアーティファクトであった。
すうっと音もなく高度を上げる。
魔力を外にほとんど漏らさないアーティファクトを選んだのは、消耗より隠蔽を優先したのだった。
そして走り去る人馬をみつける。
(あれね、ノーラ本当に優秀だわ。是非今後も配下に欲しいわ)
ニヤニヤした笑みを浮かべながら、見つからないようさらに高度を上げ追跡した。
ノーラの前には黒い夜着を纏ったノアも見える。
(丘を降りてしまうと面倒ね)
再び取り寄せの魔術で、先日の狙撃銃を取り出すセルミア。
流れるようにノーラを照準した。
長大な筒の上部には、照準用にスコープがついており魔術併用の照準機能がある。
(先日の使用で大分精度が下がっているけど‥この距離なら外さない)
ドンッ
なんの躊躇もなく引き金を引くセルミア。
ノアに間違って当たらぬよう、馬を狙ったのだった。
先日の十分の一程度の距離を、ほぼスコープの照準どおりに貫く弾丸。
馬の後ろ足あたりに着弾し、馬の下半身に大穴を開けた。
悲しそうにいななき転倒する馬は丘の斜面に滑り落ちて止まった。
ゆっくりと成果を確認するように高度を下げるセルミア。
そこには血を流し横たわりながらもノアをしっかりと抱きしめたノーラの姿。
にんまりとセルミアは微笑み、まだこちらに気づかないノーラを見据えるのであった。
どのように料理しようかなと。




