【第33話:いっぱいいっぱいです】
ドォン!
丁度出口から続く橋の終わり、街道との接続口に土煙が高々と上がる。
橋に落ちたなら穴が開いていた勢いだった。
スタっとスヴァイレクが土煙と反対側の斜面に着地。
汗だらけになった顔が落下したユアを見る。
空中で突然真下に落ちたのだ。
外れたユアの剣先は橋の基部にある塔を、丸ごと消し去っていた。
黒い粒子が舞っている。
「無事かしら?スヴァイレク」
背後に気配。
セルミアの声だった。
振り向くスヴァイレクの横にセルミアが立つ。
「仕留めてはいない。すぐ逃げなさい」
表情は無く、有無を言わせぬ迫力があった。
静かな声に。
「‥はっ」
一騎打ち中の横槍に不満は大いにあったが、ここは従い闇に消えるスヴァイレク。
じっと土煙を見るセルミア。
一筋汗が滑り降りる。
土煙の中から輝く赤光が二つ、セルミアを捉えているのだ。
「こわいこわい」
呟いた瞬間に煙のように消えたセルミア。
土煙が納まってくるとそこには、赤い輝きを両目に宿すユアが黄金の剣を持ち仁王立ちに立っていた。
一列に並び互いを隠しながら突撃してくるメイド。
3人で惑わした上、手数で圧しようとの動きだ。
止む無く右回りに後退するカーニャ。
(上手く距離を開けられた)
後方から迫る飛び道具をレイピアで払い、つむじ風のように横回転のカーニャ。
レイピアからはカーニャの身長ほどの金の光。
3人のメイドが縦に並んだまま横に薙ぎ払われる。
胴から真っ二つであった。
力技はカーニャの体力をどんどん削っていく。
回転の勢いはそのまま後方から迫った別のメイドに向き、これをレイピアの突きが貫く。
正確に左胸に大穴を開けた。
ゾクっと悪寒がカーニャをなでる。
予感に従い真横に倒れた頭上を、何かが横切りカーニャの髪が数本飛んだ。
ドンッ!!
カーニャの横に降り立つ影。
細身の姿がだが、今までのメイドとは圧が違う。
(な!?)
キン!!
カーニャの金色のレイピアが際どく受けたのは黒いレイピア。
正当剣術の流れを組む滑らかな動き。
老いてなお覇気みなぎるメイド長であった。
剣先を向けてくる構えには、一部の隙も無い。
「これ以上はやらせん」
メイド長は部下達の死を目の当たりにして、静かに怒りを纏っていた。
キキィン!
左右にしなりながら放たれた連続突きを、綺麗に受け流すカーニャ。
二人の視線が同時に上を向く。
尋常ではない鋭い魔力の高まりを感じたのだ。
隙ととらえたカーニャが前蹴りで距離を取り、同時に詠唱を開始する。
右手城壁の上に白銀の輝き。
(アミュアの魔力!?なんて強度?)
少し距離があるのに、カーニャの髪が揺れるほどの衝撃波がくる。
一瞬気を取られたが、メイド長から目は放さなかった。
突き出した右手の先に緑に輝く槍が4本。
「スパイライルゲイル!!」
メイド長の前に4人のメイドが守るように飛び出してくる。
ドドドド!
あやまたず、メイドを貫く風の槍。
致命傷ではないが、戦闘不能だろう。
これで半分以上たおしたはずと、左右に油断なくカーニャの目線が飛ぶ。
瞬間カーニャの左肩に激痛。
メイド4人に意識が行った隙に回り込まれたのだ。
メイド長のお手本のような姿勢で突き出したレイピアが、カーニャの肩を軽く貫いた。
(まずいしびれが、毒か?!)
左に回転しながら黒いレイピアを抜き、血の糸を引きながら防御姿勢。
追撃はなかった。
上空から10本以上の氷の矢が複雑な軌道で落ちてくる。
回避しながら下がったメイド長と距離が開く。
「無事ですか?カーニャ」
カーニャの右横にレビテーションで降下してきたアミュアだ。
「ユアの方は終わったみたいだった。動きが無くなっていた」
「ごめん毒もらったかも。左手が動かない」
「わたしも魔力切れになりそう。援護して」
言葉と共に、すいっと前に出るアミュア。
全身にうっすら赤い炎が纏われるラウマの異能だ。
風のようにアミュアをよけ、カーニャにとどめを刺したいメイド長のレイピアが蹴り上げられた。
アミュアの左後ろ回し蹴り。
綺麗に斜め上に抜け、くるりとメイド長と正対する。
右手を引き、左手の手刀がメイド長を指し示す。
美しいとさえいえる構えだった。
メイド長も油断なく間合いをせめぎ合っていた。
その時ミーナのいる馬車の周りで爆発が起きる。
ドーンとなり土煙が上がる。
ドンっとアミュアが魔力を纏い飛行魔法。
残った魔力を振り絞る。
(あれはユアを狙ったやつだ!上から撃っている)
ドォン!
二つ目の爆発。
正確に先の着弾と馬車の中間に落ちた。
(つぎは馬車にあてるぞと、脅している?間に合って)
馬車の扉に激しくぶつかったアミュアが上に向かい小さな結界を張る。
傘の様な円錐形の結界。
この短時間で残った魔力でできるベストな結界だ。
ドォォン!
土煙が馬車を覆った。
カーニャが何とか片膝で立ちあがった時には周囲に敵はもういなかった。
まるで目的はかなった、と言うように。
その時土煙の中から叫びがあがった。
「いやあぁぁあぁ!」
煙が晴れると、そこには壊れた馬車とミーナを抱きしめるアミュア。
「ミーナ!!こたえて!!」
カーニャの顔からも血の気が引いた。
そのカーニャを抱き上げる腕。
「カーニャ?無事だった??」
ユアの厳しい顔がそこにはあった。
一瞬で馬車まで走り、そっとカーニャを地に降ろす。
「アミュア落ち着いて!ちゃんと見ないとわからないよ!」
ユアに肩をゆすられ、われに返るアミュア。
「ミーナが!ミーナがぁ!」
ミーナのお腹には、割けて飛び出した木材が深々と刺さっていた。
動かせば出血でショック死しかねない。
それらはアミュアにも沢山の傷を負わせているのだった。
すっとアミュアの右手にユアの左手が重なる。
「落ち着いてアミュア、ラウマ様にお祈りしてみよう。きっとまたミーナを救ってくれるはず」
取り乱して涙を流していたアミュアの目にも、意思の光が宿る。
ミーナを抱えたまま左手をユアにさしだした。
二人の左手から互いの右手に黄金の輝きが染み渡って行き、やがて二人の腕が作り出す黄金の輪と、二人をミーナごと包み込む大きな黄金の輪が二重に輝き、辺りを激しく照らす。
間近に座るカーニャは、眩しくて目を開けていられなかった。




