第七十話 冒険者の心得
俺たち『漆黒』は、『紅蓮の牙』と共にゴルディアの王都を訪れていた。フェンリル丸出しのルーフは、騒ぎになるといけないので、お留守番となった。久しぶりにウルフたちとのんびり魔獣を狩るそうだ。
ゴルディアの王都は、かなり発展していた。至る所に配慮があり、清潔で、過ごし易く、遊戯場まである。
「なんだ? このアミューズメントパークみたいなのは?」
「アミュ?」
アイラが首を傾げると、すかさずゴレミがフォローを入れた。
「エイタさまは、空想の世界を旅するのがお好きなのです。我々の知らない言葉を考えては呟き、誇らしく思う方なのです」
「あ、そっち系ね」アイラは納得した様子で、遊戯場へと入っていった。
しかし、ゴレミよ……フォローのつもりだろうが、貶しているようにしか聞こえなかったぞ。空想の世界を旅ってのは……デベロッパーとしては、そうだよねって感じだけど。
「これはローリングと言って、ゴルディアで流行している球技です。並べられた筒を球で倒して、得点を競うのです。私たちは遊んで行きますが、エイタたちはお買い物ですよね?」
リンガーが丁寧に説明してくれた。どうやらボーリングみたいな競技のようだ。
「アイラ、リンガー、俺がエイタとレミさんを案内する。お前たちはサーシャを楽しませてくれ!」
「はい!」と、返事をしたのはサーシャだった。
よく冷えた果実の刺さった棒を両手いっぱいに持っている。とっても幸せそうだ。サーシャは既に充分楽しんでいそうだが……まあ、仲良くなったみたいだし、楽しんでおいで。
サーシャ、リンガー、アイラの三人と別れた俺たちは、タルトの案内で魔道具屋へと向かう。今日の為にギルマスに追加のポーションを売り付けたので、予算は白金貨23枚となっております。その価値は日本円にして訳2,300万円!! 田舎なら家が建つね!! 都内なら築40年のワンルームマンションなら買えるね!!
「魔道具……楽しみです」
何よりも、こんなに欲望に直向きなゴレミを見るのは初めてだ。何とか望むものを購入してやりたい。
……そして俺は絶望した。全財産の2,300万円……そう言えばそうだった……それは100円ライターっぽい魔道具が50個買えるだけの価値しかなかった。
魔道具が高過ぎる!!
そういやそうだった。白物家電が爆高だったんだ……すまんなゴレミ……懐中電灯代わりの魔道具なんてどうだい? 100万円相当だよ……
俺の気持ちを知ってか知らずか、ゴレミは魔道具の指輪を食い入るように見詰めていた。
「エイタ、どうした? 予算に不安があるのか?」
「その通りだよ。白金貨23枚が全財産だよ」
「それは……『漆黒』の能力からすると少ないな」
「褒めてくれるな! 稼がねばならない!」
「うーん。魔物の素材もマジックバックも良い値になるが……しかし、そもそも冒険者用の魔道具なら、そこまで値は張らないぞ」
「え……本当?」
「本当だ。生活魔道具は貴族が使う為のものだからな。本来なら生活魔法で事足りるものを、見栄のために、わざわざ魔道具を使っているんだ。冒険者用の魔道具……例えば、俺が持っている《神樹の首飾り》は……あ、これは高かった」
「いくらだよ」
「白金貨120枚だ」
「おい! 参考にならないよ!」
「すまん。これはエルフ王国でしか育たない木を使っていてだな……」
「……え? それって……精霊創樹?」
「お前は馬鹿だな……そんなわけないだろ」
「だよな」
「精霊創樹で作ったなら、白金貨300枚は堅いよ」
「白金貨……300枚?」
えっと……首飾りは……一本の木で1000は作れるよな……え……あの木が一本300億……!?
「ちなみに効能は?」
「オートヒールだな。即座に全回復とはいかないが、付けていれば毎分1はHPが回復するイメージだ。あると無いとじゃ大違いだ」
「それは精霊創樹だともっと上がるのかな?」
「もちろんだ……と、言いたいところだが、世に流通していないから何とも言えないな。数値が上がるのか、MPに干渉するのか……」
「作るのとか難しいのかな?」
「魔道具制作にも興味があるのか? 難しいとは思うが、魔道具には特許がある。自分で使うだけなら目こぼしもあるだろうが、販売したいなら、大金を積むか、まだ存在しない魔道具を創るしかないな」
まだ存在しない……クリエイター心をくすぐった来やがる……全くもってのゼロからは難しいが、革新的なアイディアを探すのは苦しくて楽しい。
「色々と落ち着いたら学びたいな」
落ち着いたら……か。いつになる事やら……国が機能して、他国と交流を持って……なんて考えたら、永遠に落ち着かないまま進みそうでもある。
「とりあえず、冒険者用の魔道具ならお手頃価格だ。白金貨一枚で大概の物は買える」
つっても100万円なんだけど、ゴレミへの投資としては全然高くは無い。予算はあくまでも白金貨23枚! なんなら魔獣の素材も売り払うよ!
「エイタさま、私はこれに惹かれました」
ゴレミが手にしていたのは『守護者の腕輪』と『勇猛のピアス』だった。
「『守護者の腕輪』は、盾役御用達のアイテムなんだ。攻撃引き付けと防御力向上の効果があって……俺とお揃いなんだぜっ!」
ラブランが頬を染めながら言った。なら買うよ! 買うしか無いじゃん! くぅーっ恋だねえ!
「『勇猛のピアス』には、強大な敵や、不利属性に対して能力向上が見込めます。この二つが良いと存じます」
「わかった。金額は……予算内だな。でも良いのか? 火魔法! とか、水魔法! とか……魔術っぽいものが使いたかったんじゃないか?」
「いえ、あくまでも手段に過ぎませんから。私に必要なのは、これらです」
ゴレミの意図はわかった。俺たちを守る為に、ドラゴンデバフを克服したい。真っ直ぐな奴だぜ。
魔道具を購入して、受け取った瞬間に脳内に情報が駆け巡った。……やばい……このままじゃ気絶してしまう……あっ……もう無理……
☆★☆★☆★
気がつくと宿屋にいた。どうやら俺はあのまま意識を失っていたらしい。側にはゴレミがいた。嬉しそうに腕輪を眺めている。
「ゴレミ……」
俺の言葉にゴレミが姿勢を正す。普段のゴレミなら、俺の変化にいち早く気づいただろう。アクセサリーに見惚れ過ぎるなんて、人間らしくていいなと思った。
「英太さま……体調はどうですか?」
「全く問題ないよ。ポーション使っただろ?」
「はい。英太さまから頂いたマジックバックのおかげです。『紅蓮の牙』の皆さんの前でポーションを取り出せなかったので、宿屋に着いてからの使用でしたが……」
「ありがとう。どうやら、魔道具に触れた時に魔道具制作の情報が流れ込んだみたいなんだ。それで、創造のスキルレベルが上がったみたいだ」
その情報に脳が耐えられなかったようだ。
「そうでしたか。ご無事でなによりです」
「なあ、ゴレミ……普段から人間の姿になれるとしたら、なりたいか?」
「……それは、ツバサさまのように生命を授かるという事でしょうか?」
ユグドラシルの力を借りて……か。出来なくはないが、乱発するのは神の理に触れるような気もする。
「私は望みません。もちろん、グゥインさまの御意志であれば別ですが……他のゴーレムと同じで構いません」
「そうか……じゃあさ、普段から、その見た目のままになれるとしたらどうだ?」
ゴレミの表情が緩んだのがわかった。それは嬉しいのだろう。
「グゥインさまのご意志のままに、です」
「そうだな……『死の大地』に戻ったら話してみるよ。その頃でにはもう一段階くらいは創造のスキルレベルが上がってるといいな」
「英太さま……有り難く存じます。このゴレミ、命にかえても英太さまをお守りします」
「命に変えちゃダメだよ。その姿にしてやれなくなるだろ」
「はい。自分を含めた仲間たちを、何としても守ります」
魔道具という新たな武器を手に入れたゴレミと共に、明日、ダンジョンを完全攻略する。




