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色のない虹は透明な空を彩る〜空から降ってきた少年は、まだ『好き』を知らない〜  作者: 矢口愛留
終章 虹

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137 「群青の森」



「群青の、森……?」


 見渡す限り、目の覚めるような群青色。

 『大海樹』の影響だろうか、この付近は深い青だが、遠くへ行くほど青は薄くなっていく。

 空からはいく筋も木漏れ日が差し込んでいて、群青の地面を細く淡く照らしている。

 蛍だろうか、妖精だろうか、辺りにはふわりふわりと白い光が浮かび、明滅を繰り返す。


「――来たか」


 横から声がかかり、私たちは一斉にそちらを向く。

 群青の中から現れ出たのは、銀色の髪を背中で結い、金色の瞳を持つすらりとした青年――アルバート王子だった。


「ここがエルフの森の最深部。母上、セオドア、フェン――そして巫女たち、無事で何よりだ」


 にこりともせず、アルバートは冷たい瞳で私たちを一瞥する。


「〜♪ 〜〜♪」


 ハルモニアが、何か伝えようとして歌を口ずさむと、アルバートは目を細めてそちらを向いた。

 フェンがすぐさま通訳をする。


「『アル、エルフの皆さんを説得してくれてありがとう。皆さんはどこか別の場所にいるの?』ってさ」


「ええ、母上。エルフたちは、人に姿を見せたくないようです。私と母上だけになったら、出て来てくれると思います」


 フェンはハルモニアに妖精語で、私たちには人の言葉で、通訳を続ける。


「『なら、皆さんとはここでお別れね。パステルさん、ティエラちゃん、楽しかったわ。セオくん、元気でね。それからフェン――』って、おい、ハル。俺は聖王国には戻らねえぞ。これからもハルと一緒にいてやる。ハルが嫌だって言ってもな」


 フェンが吠えると、ハルモニアは驚いたように目を丸くし、すぐさま破顔してフェンに抱きついた。

 長い毛に覆われた尻尾が、ぶんぶんと左右に揺れる。



「アル兄様……」


「……セオドア。感情が戻ったと、メーア嬢から聞いた。お前もそんな表情が出来たんだな」


 セオは眉を下げて、少し寂しそうな表情をしていた。

 アルバートの方こそ、あまり表情が読めないが……口角が少しだけ上がっているような気がする。


「アル兄様。今までありがとうございました」


 その言葉に、アルバートは、何も言わず首を横に振ったのだった。


「『じゃあ、わたしは早速、大海樹に力を注ぐわ。少し大変そうね』――だとさ」


「あ、あの、ハルモニア様。私にもお手伝いさせていただけませんか? 魔力は数日すれば回復しますし、お世話になったお礼も出来ていませんから」


「『それはすごく助かるけれど――いいの?』」


「はい、もちろんです。セオ、『天空樹』には、すぐには行かないわよね?」


「うん。帝都なら安全だから、魔力が戻るまで数日休んでも大丈夫だと思う」


 セオが頷いてくれたのを見て、私はハルモニアの隣に立つ。


「『ありがとう、パステルさん。そうしたら、精霊の樹に手をかざして、耳を傾けて、精霊の奏でる旋律を聴くの――』」


「旋律?」


 耳を澄ましても、私には木の葉の擦れる音以外、何も聴こえない。

 目を閉じて音に集中しようとするが、やはり旋律のようなものは聴こえない――そのかわりに、まぶたの裏に色とりどりの光が混ざり合って流れていく。


「魔力の流れ……虹?」


 私の視ているのは『虹』のような魔力の川だが、ハルモニアにとっては、『旋律』として聴こえるのだろう。

 もう目を開けても、流れゆく色は消え去ることはない。


「『ほら、そこ、不協和音――ここの音をね、魔力でちょちょいっと直してあげるの。こっちも、ほら。半音低いでしょう』」


 ハルモニアはそう言って、見えない弦をはじくように指先を優しく動かし、魔力を流していく。

 彼女の指摘した場所には、確かに、色のよどみがあった。

 白と青が上手く混ざらず、マーブル状になっているのだ。

 ハルモニアが魔力を流すと、その部分が徐々に溶け合っていき、均一な水色が出来上がった。


 大海樹の上の方から、次々と色が押し寄せてくる。

 マーブル状の色の澱みには、白や黒が溶けずに混ざり込んでいて、魔力を流すことでしっかりと溶け合い、様々な明度の光となって樹に吸い込まれていく。

 逆に、溶け合ってはいけない色同士がくっついて、茶色や黄土色などに濁っている部分もある。

 そういった場所に魔力を当てると、黄色や赤、青に分離して美しい色を取り戻していくのだった。


「だんだんわかってきました」


「『その調子。でも、さすがに、量が多いわね。全て奏で終わるまで、あとどれぐらいかかるかしら』」


「虹のねえね、旋律のねえね。あたいも、手伝う。それなら、早く終わる」


 突然、私たちの間にティエラが割り込む。


「ティエラ? ティエラは巫女じゃないでしょ?」


 私は制止したが、ティエラは無言で澱みに手をかざした。

 ティエラは、拍子抜けするほどすんなりと、澱みを直していく。


「――え? うそ」


「うぇ、鼻、おかしくなりそう」


 ティエラは顔をしかめながら、次々と澱み――魔力溜まりを修復している。

 まぐれではない。これは――


「ティエラ、あなた……」


「あたい、『調香の巫女』引き継いだ。言ってなかったか?」


「き、聞いてないよ」


 ファブロ王国の王城にいた時に、ティエラはフローラから『調香』の力を引き継いでいたようだ。


「どういうことなの?」


「後で話す。今は、集中」


「そ、そうよね」


 ティエラに指摘され、私は再び澱みの浄化に向き合ったのだった。


 数十年分の澱みも、三人で処理すればなんとか数時間で目処(めど)がついてくる。

 エルフの魔力が潤沢に流れていたから、それを織り込むことで自分自身から流れる魔力を抑えられたのも大きいかもしれない。


 私たちは、ヘトヘトになりながらも、なんとか『大海樹』を健康な姿に戻すことが出来たのだった。



「ふぁぁ、疲れたぁ〜」


 私は行儀が悪いと思いながら、すっかり灰色になってしまった草の上に倒れ込む。

 ハルモニアもフェンに寄りかかって休んでいるし、ティエラは私と同様に寝転んだかと思うと、早々に寝息を立てていた。


「お疲れ様。何も手伝えなくて、ごめん」


「ううん、これは私たちにしか出来ないことだから。ありがとう、セオ」


 私は隣に座ったセオの手を借りて体を起こそうとしたが、途中まで身を起こしたところでセオの反対の手が背中に回り、そのままセオの胸に背中を預けるような体勢になった。

 セオの両腕は私の体にしっかり巻きついていて、柔らかい髪が頬をくすぐる。


「ふふ、あったかい」


 私が頬を擦り寄せると、セオは私を抱く腕の力を強くする。


「……『天空樹』は、これよりもっと大変なんでしょ? やっぱり僕、心配だ」


「セオ……」


 『天空樹』の修復が今回以上に大変なのであれば、確かに魂も擦り切れてしまうかもしれない。

 それでも私は、行かなくてはならないのだ。

 私は、セオの腕に抱かれながら、この温度を忘れないように――深く深く心に刻み込んだのだった。


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