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色のない虹は透明な空を彩る〜空から降ってきた少年は、まだ『好き』を知らない〜  作者: 矢口愛留
第七章 紫

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114 「暗黒龍」



「そんな風に人に危害を加えて……っ、私、私……許さないっ!」


 七色の光が、ほとばしる。


 地の精霊に借りた力が、音を立てて大地を揺らし、私を拘束する石の枷を壊す。


「きゃあっ!?」


 石の床が大きく盛り上がり、アイリスと私の間を遮ると、アイリスは悲鳴をあげて転倒した。


 牢の壁には大穴が空き、星ひとつない、暗い夜空が覗く。

 冷たい風が、そこからびゅうびゅうと吹き込んでくる。


「急がなくちゃ……解毒薬、魔の森にっ……!」


 魔の森にあるフレッドのコテージに、父が調合した毒茸トードストゥールの解毒薬が保管してあるはずだ。

 すぐに向かえば、まだ間に合うかもしれない。


 空へ飛び上がるため、風に呼びかけようとする私を遮ったのは――


暗黒龍ダークドラゴン! この女を捕らえて!」


 立ち上がったアイリスが叫ぶと、ごう、と大きな音を立てて突風が吹き荒れる。

 アイリスの呼びかけに応えて、壊れた石壁の外から、真っ黒なドラゴンが飛来したのだった。


「さあ、やっておしまい。殺しさえしなければ、好きに痛め付けて構わないわ!」


 アイリスの命令に、黒きドラゴンは翼をはためかせる。その牙も鉤爪も、恐ろしいほど尖っている。

 その巨体が振り回す尻尾もまた凶悪だ。

 身体のどこかが掠っただけでも、私なんて吹き飛んでしまうに違いない。


「ドラゴン、やっぱりいたんだ……! どうすれば……!」


 ずぅん、と重い音を立てて、ドラゴンは私の数メートル先に着地する。

 恐ろしさで今にも足がすくんでしまいそうだ。

 だが、王都にいるセオたちを、どうにかして助けなくては――


「ええい、ビビってる暇はないわよ、私っ! 行くわよ、虹よ――」


 水の精霊に呼びかけ、私は氷の魔法を発動する。

 だが、氷の塊は大きくなる前に腕や翼でことごとく撃ち落とされ、ドラゴンの動きを止めることは出来なかった。


「なら――」


 私は狙いを変えて、大量の水をドラゴンの頭上に降らせる。

 しっかりドラゴンが濡れそぼったところで、水を氷へと変化させていく。


 ピキピキと音を立てて、ドラゴンの肌が凍りついていく。

 その動きは徐々に鈍くなり、ついにドラゴンは動きを止めた。


「やったわ! 今のうちに……!」


 続いて風の魔法を発動し、私は真っ暗な夜空に浮かび上がった。

 急いでその場を離脱しようとバリアを張ったところで、アイリスの声がとどろく。


暗黒龍ダークドラゴン! ブレスを撃つのよ!」


 コォォォォ……


 ドラゴンがブレスを準備している音が聞こえてくる。

 ブレスの熱によって、氷も徐々に溶かされているようだ。


「まずい……!」


 私は急いで空へと舞い上がる。

 その瞬間、紙一重で、今まで私がいた場所を炎のブレスが通り過ぎて行ったのだった。


「ひゃあああぁ! あ、危なかったっ……!」


「ちょ、ちょっと、ドラゴンちゃん! やっぱりブレスはなし! 死なれたら困るんだから」


 その言葉に、二発目のブレスを溜めていたドラゴンの動きが止まる。

 しかし、代わりにその大きな翼を広げて、ドラゴンは空へと飛び上がったのだった。


「いやぁぁ、もう見逃してよ!」


 私は破れかぶれで、火の精霊に助けを求める。

 火の魔法を発動した私は、水の魔法を使った際、地面に大量に残った水に向かって、炎弾を撃つ。

 残っていた水は一気に熱せられて霧状になり、私の姿を隠した。


「くっ、小賢しいわね! ドラゴンちゃん、GO――ってあれ!? 何これ、全身に蔦が絡まって……!? こんなもの、断ち切っておしまい――」


 バチバチバチィッ!!


 大きな音と共に、背後で光が迸る。


「きゃあああっ!! 電撃……っ!? ちょっと、ドラゴンちゃん! 起きなさいよっ!」


 霧のせいで全く見えないし、振り返る余裕もないが、何かトラブルが起きているようだ。

 私は今のうちに全力で空を翔け、魔の森へと向かったのだった。


 夜の魔の森には、化石樹がうろついているはず。

 私は着陸する前に光の精霊に呼びかけ、強い光で化石樹の動きを止めてもらった。

 急いで解毒薬を回収した私は、残る力を振り絞って、王都へと向かう。



 風の力は、ギリギリまでもってくれた。

 風の精霊ラスが、少しおまけしてくれたのかもしれない。

 私は王城の窓から滑り込み、セオたちのいるであろう貴賓室へと、急いで走った。


 そこには。


 息を荒くして苦しそうにうずくまっている、フレッドとメーアの姿。

 ベッドの側でオロオロしているカイと、ノラ。

 そしてベッドに寝かされているのは……


 ぐったりして全く動かない、セオだった。


「みんな……っ!」


「パステル嬢! ご無事だったんすね!」


「にゃあああ、パステル! 大変なのにゃ、みんなが、みんなが……! 毒茸トードストゥールの症状に違いないにゃ!」


「俺は以前に同じ毒を受けたことがあって耐性があったので、腹が痛い程度で済んだんすけど――こんな時に限ってヒューゴ殿下もいねえし……!」


 私が声をかけると、水やらタオルやらを持ってオロオロしていたカイとノラが、私の側へ走り寄ってくる。

 私は大切に持ち歩いていた解毒薬を、目の前に差し出した。


「カイさん、ノラちゃん、これを! 解毒薬よ、急いでみんなに!」


「にゃっ、わかったにゃ! あっちの二人はミーたちに任せるにゃ」


「うん、私はセオを――」


 解毒薬の蓋を開け、手近にあったコップに、薬を三等分して注ぐ。


「セオ、飲める? お願い、口を開けて」


 セオは、声がけに全く反応しない。

 薬を飲ませるために身体を起こしても、無反応だ。


 私はセオの口元でコップを傾け、薬を流し込んでいく。

 しかし、薬は全く喉を通っていかず、口の端からこぼれていってしまうばかり。


『口を開いて――口移しで飲ませるんだ』


 突然誰かの声が、頭の中に響く。

 どこか懐かしい声だった。


「く、口移し……!?」


 私は思わず『声』に反論してしまった。

 想像して、恥ずかしさに顔から火が出てしまいそうになる。


 けれど――倒れる前、セオは私を避けていた。

 意識がないとはいえ、そんな事をされたと後から知ったら、嫌ではないだろうか。


『パステル、早く』


 そうだ――今は緊急事態だ。躊躇している場合ではない。


「セオ……ごめん」


 私は意を決して、解毒薬を自分の口に含むと、セオに口付けをした。

 あまりにも苦い口付けに涙が出そうになるが、何とかこらえる。

 ゆっくりと薬を流し込んでいくと、セオは、反射的に薬を嚥下していく。


 ――だが。


「……どうして……? どうして、目を覚まさないの?」


 セオは、目を開いてくれない。

 顔色も悪く、血の気が引いたままだ。


「間に合わなかったの……?」


 すでに、フレッドもメーアも落ち着いてきている。

 解毒薬には、即効性があるようだ。

 なのに目を覚まさないのは……。


『セオくんは弱っていたから、毒が強く作用したんだ。これから目を覚ますかどうかは、五分五分だな――もし毒を受けてすぐに薬を飲ませていたら、助かった可能性が高いが』


「だめ……セオ……」


 周りの景色が、ぼやけていく。

 視界がぐるぐると回る。

 薬の後味も相まって、吐き気が込み上げてくる――


『パステル、まだよ。冷静になって』


「でも……どうすれば……」


『あきらめないで、パステルちゃん。まだ手段は残ってるわ』


 私の心の奥から、また別の誰かの声が聞こえてくる。


「そうだ……諦めたら駄目……」


 そう。まだ手段はある。


「今度は間違えない。セオを、みんなを救ってみせるわ――虹よ、闇へと導いて!」


『そう、その調子だ。息子を――救ってくれ』


 四人目(・・・)の声が聞こえたと同時に、藍色の光が、空を割って暗闇へと向かう。

 闇の精霊の元を訪れた私は、最後のチャンスを掴むため、一度限りの時間遡行(タイムリープ)を願ったのだった。



【注意!】

意識のない人の口に薬や水などを入れるのは、誤嚥につながり危険です。

パステルと同じことを実際に行うのはやめて下さいね!


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