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国守の愛 第1章      作者: 國生さゆり  
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富士子編  87 理由



   シーン87 理由



 宗弥はとっさに富士子を抱きとめ「富士子!!おい!どうした!!おい!富士子!!!」と呼びかけるが反応がない。富士子の瞳は震えるばかりで、焦点しょうてんが合っていない。宗弥は富士子の左頬を遠慮がちに2度叩き「富士子!!!」と声を張る。



 少しずつ視点してんが合い始めた富士子に、宗弥は「富士子!」と名を呼ぶ。瞳に鈍い光が戻ってくると同時に富士子は「ああーーっ!!」 哀れさがにじむ悲痛を上げた。宗弥は思わず富士子を抱きしめ「大丈夫だ。大丈夫だから。規定上の都合で書類が出ただけだ。今も探している!探しているんだ!」震える宗弥の声に何度もうなずく富士子が落ち着くのを願いながら、宗弥は富士子を抱きしめ続けたが、ハタと息を飲んで両腕の力をゆるめた。宗弥の視線が泳ぐ。



 親友が・・何度も死線を共にしてきた戦友が・・残した遺言を渡しにきた身でありながら・・と・・宗弥の実直さが宗弥をためらわせたからだ。



 富士子が涙も出ぬほどのうつろな目で、宗弥を見上げる。「大丈夫か?」宗弥はいらぬ感情が入らないように短い言葉を選ぶ。「宗弥、どうして。ねえ、宗弥、どうしてなの」富士子は口を懸命に動かすが、言葉は不明瞭で痛々しく。「富士子、いきなり話してすまなかった。説明させて欲しい。いいか?」そう言いながら宗弥は身体を離す。が、富士子を抱いていたぬくもりが宗弥に名残を残す。



 「気持ちの整理がついたら、言ってくれ」宗弥は指先に残る温かさを握りしめて、そっけない言い方をする。自制のない感情に蹴りを入れて宗弥は前を向く。



 一時、宗弥の横顔を見つめていた富士子は「 うぅん」とのどを鳴らし、その音は宗弥を緊張させ、眉間を固くした富士子が「話して 」とつぶやく。宗弥は前を見たまま「わかった」と言って話し始めた。



 「要の捜索は8ヵ月に渡って行われていた。あらゆる方法で痕跡こんせき辿たどってだ。だが...」用心深く言葉を選ぶが、富士子の悲しみは深く、宗弥には今の説明の仕方しかたを富士子が拒絶していると分かった。宗弥は話の方向を変える。「俺たちは戦闘作戦前に不慮ふりょの事態が起こった時のために、誰が始めたかは分からないが、 管理者を指定して遺書と遺品を自分のロッカーに残しているんだ。あいつは・・要は・・・今まで何も残していなかった。だが今回、遺書と紙袋を残してた。受け取り人を富士子に、管理者に俺を指名して、、のこしてたんだ」宗弥の声がうわずる。



 宗弥は自分が感情をあらわにして富士子を刺激したくないと思い、仕事以外では使わないと決めていた感情調整にしたがって感情を殺した。シールドが上がる。心の輪郭が不透明と溶け合う。宗弥は富士子に墨色の紙袋を差し出した。



 富士子は紙袋を見つめたまま微動だにせず、受け取ろうとしない。「富士子、国にくした人の最期の言葉だ。読まなきゃダメだ。要は言っていた。この世の生と死には必ず意味があるって。受け取ってくれ」、富士子は突然、怒りをみなぎらせる。「何の意味よ! 何の意味があるっていうの!!私なんかのために! 受け取ってしまったら、死んだことを認めることになるのよ、嫌よ!!!絶対に受け取らないから!! 私は認めない! 宗弥が読めばいいじゃない!」と。



 「富士子、俺もチームもまだ要を諦めてはいない。だが、決まりなんだ。要はこうも言っていた。死んで閻魔えんまに会おうが、この世で申し開きのできないことは1つもないって、全てに理由付けができるって。要は最後の理由を手紙に書いてお前に残したんだよ」途中から心のシールドが崩れかかったが宗弥はなんとかみださず、言葉をまらせながらも言いげる。



 富士子の意に反して、富士子は両手を差し出していた。受け取った紙袋がかすかに振動するのを見て、富士子は自分の両手が震えていたと気づく。一気にあふれ出そうになった哀情を富士子は誰とも分かち合いたくないと、グッと奥歯を噛み締めて耐えた。



 宗弥は富士子のその顔を見てベンチから立ち上り「遅くなった。帰ろう」と声を掛けて富士子に背を向け、富士子はその背中に「ありがとう」としぼり出した。



 宗弥の首がガクリと折れ「俺は! あいつの!・・・要の!!こんな使いぱしりなんて!したくなかった!!」あとの思いは言葉にできず、言葉にならない。




 日が落ち、漆黒のやみが富士子を包み始める。宗弥の慟哭どうこくを聞きながら富士子はうちに帰ろうと思う。ごめんね宗弥。勝手でごめん。富士子はベンチから立ち上がり、墨色の紙袋を胸に抱いて宗弥の左横に立ち「自分のことばかりでごめんね、宗弥。ありがとう。・・・帰ろう」1歩ずつ、ゆっくりと歩み出す。宗弥は目元を右手で乱暴に払い、富士子の後ろを付き添うように歩き出した。




 「なんでもいい。話したくなったら、連絡してくれよ」宗弥は紙袋を包んで丸くなった富士子の背中を見つめて言い、「連絡するね、宗弥」振り向いた富士子の顔は繊細せんさいで、知らない女のようで、今にも壊れてしまいそうで、それ以上、宗弥は何も言えなくなった。



 富士子が門をくぐりエントランスを歩き、玄関前に着くのを、宗弥は門の外で見送る。「富士子、俺と」小さく声に出してみるが・・宗弥は今じゃないと思う。富士子は玄関のドアを開け、振り向いた富士子に宗弥は右手を上げ、富士子もそれにこたえて右手を上げて微笑ほほえむ。歩き出した宗弥を見送りながら富士子は「今までありがとう」とささやいた。





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