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国守の愛 第1章      作者: 國生さゆり  
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富士子編  8 富士子の職業



  シーン8 富士子の職業



 富士子は盾石グループ内にある盾石化学研究所で、液体デイバイス研究、開発、製造の陣頭じんとう指揮をっている。活動するのに熱量、電磁波、赤外線を発生させない液体デイバイスは、ある種の粘菌をベースに開発され、バイオメカニクス的な学習する脳を持っている。エネルギー源は動植物が発する熱だ。液体がゆえに加工しやすく、その性質から多種多様な使用用途しようようとが予想されていた。



 富士子がメインに、いや、この為に液体デイバイスを研究している富士子が目指すは、身体の欠損した切断面に、パネル化した液体デイバイスを移植して、液体デイバイスを基とした特殊義体を装着すれば、脳で使用感を感じられるようにする事だ。感覚は思考を呼び、思考は豊かさに繋がってゆくと考える富士子は、思考がある場面で邪悪を発揮するのを知らない。



 脊髄損傷による下半身麻痺への使用は自立歩行へと希望をつなぎ、老化による柔軟性の欠如けつじょは改善され、年齢は数でしか無くなると、研究者の数だけ液体デイバイスが実現する未来は、未知数で∞だと富士子は推測していた。



 国は液体デイバイス技術を国益と考え、他国への技術供与と輸出を禁止して保護下においている。秘匿は利益を生む。国男にとっても大歓迎な措置だった。



 富士子は大学1年の夏休みから液体デイバイスの考案、研究、開発をし始め、いま現在も日々、試作製造に切磋琢磨している。そう遠くない未来、100%完成体の製造を成し遂げられると、予感にも似た確信を信じて疑わない富士子は、近頃は何かのきっかけで脳が閃き、何かを掴むその時を忍耐強く待っていた。



 その液体デイバイスを生み出す研究所には、情報漏れを防ぐために専用エレベーターが完備され、このエレベーターを起動させるには両目の網膜、左右の手のひらの静脈、声紋、パスワードの全てが一致しなければならなかった。こうして外敵から守られた研究所はエレベーターを背にして、右奥から富士子のオフィス、会議室、個室のロッカールーム、化粧室、休憩室と並び、左側全体が研究スペースとなっている。充実した各種機器から器具まで常に新機種が導入され、研究費も青天井で、国男の液体デイバイスに対する収益率、独占権、特許権、等々の利益に寄せる期待度の大きさが伺える規模を誇っている。



 研究者は、富士子を含めて6人。募集して応募があった個々の論文を富士子が読んで人選した後、身元調査をて、国男、樽太郎そんたろう、富士子の3人で面接をおこない、応募者の中から4人を選抜した。残る1人は富士子が大学1年の夏に盾石化学に出入りするようになった折、国男がお目付役としてやとったBだ。



 14ヶ月前、Bと富士子の役職が逆転した。会長室で国男から人事を伝えられたBは柔和な笑顔を浮かべ「良かったですね、会長。会長の期待に応えられる研究者に、富士子さんは成長したということですね。僕も肩の荷が下りました」と言った。



 日々、進化と撤退を繰り返して開発研究している富士子が、その時々、何を考えているかに興味を持ってBは富士子に接していた。時間を見つけては富士子に話しかける。完全体に繋がるヒントを得られるかもしれない。そう考えてBは富士子と会話する。富士子よりも先に完全体・液体デイバイスを完成させたい。そしていつしか・・・第一人者として世界へと躍進やくしんする。それがBの夢と希望だ。



 そんなBに富士子は、やんわりと接する。本心を語らない富士子に内心の苛立ちがつのれば、Bの細く感情のない目の瞳孔は自然と拡大した。Bは内心で富士子の才能に嫉妬し、対抗心を持ち、競争心をたぎらせている。研究者として、それは当たり前の事なのかもしれないが、Bのそれには私怨にも似た陰湿さがあり、手のひらに乗せた小動物を、ジレジレと握っては開いてもてあそぶ加虐嗜好を孕んでもいた。

                       


 プチ・トリアノンから、オフィスに戻った富士子はオフィスの中央に立ち、右手に白チョークを持って、デスク右側の黒板を凝視して思案していた。白い絨毯の上には富士子を中心に放射状に紙資料が広がり、輪郭線を作る資料には同色の付箋ふせんが貼ってある。



 富士子を俯瞰(ふかん)から見ることができるならば、中央に立つ富士子から色とりどりの花弁が、開いているように見えるだろう。



 時折ときおり、富士子は座り込んで資料を手に取っては確認し、黒板に何かを書き込んではブツブツと言いながら考え、数式や図形を消しては書き直してまた資料の中央に戻り、黒板を凝視するを繰り返していた。



 通常、富士子は出勤すると、午前中はオフィスで世界中の研究者が発表した論文や、前日の様々な結果報告書を読んで過ごし、午後は研究所に移動して、液体デイバイスの 製造研究をおこなっていたが、完成の予感を得てからは工程こうていレシピを、Bの目から遠ざけたいという気持ちが強くなり、日中はオフィスで過ごし、17時くらいから深夜1時ごろまで、研究所で作業するようになった。



 富士子のオフィスは25 平方ほどの広さがあり、ウィルクハーンのロゴンシリーズの銀のフレームに、クリーム色の木目を生かした天板がのっているデスクと、同社のインシリーズ のオレンジの椅子を合わせ、デスクの左手の廊下側には、アデルタのハンガーフックが置いてある。デスク正面の壁と右手の壁には上下式の黒板が設置され、どの黒板にも数式や図形、その時々の思いつきの走り書きなどなどが、隙間すきまなく書き込んであった。



 デスク左側の壁は約300冊が収納できる本棚で、床にはクリーム色の毛足は短いが、その上を歩くと綺麗な足形がくっきりと残るほどに、柔らかい絨毯をいてある。



 コンコンとドアがノックされるが、集中し切っている富士子の思考は途切れない。



   ドアが開く。



 当たり前のように入室してきたBはデスクに最新の数値資料と、ノンカフェコーヒー が入った緑色のベンティサイズのカップをおき、デスクの正面に回り込んで、当然のように椅子に座る。



 Bは持ち込んだiPadを開いて、猫背気味になりながら画面に視線を巡らせ始め、Bもまた、自分の世界に没頭してゆく。



 そのBが突然「だから!そこを、どういうことかって書けよ!」と大きな声でなじる。その声にビクリと反応して、富士子は我に返った。そこでようやくBの存在に気づき「えっ、また」とつぶやく。



 富士子はデスクに向き直るや「Bさん、前にも言いましたが、勝手に入室しては」、「ノックしましたよ 。会長がお呼びです」Bはさえぎって、抑揚よくように欠ける口調で言う。



 うんざりとして天を見上げた富士子は煤竹色すすたけいろの瞳を、大きく、ぐるりと派手に回す。また呼び出し…か。富士子は心の防護壁を最上段まで引き上げた。





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