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国守の愛 第1章      作者: 國生さゆり  
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富士子編  77 富士子の日々

  


    シーン77 富士子の日々



 ここを退院する前夜、旦那様とわたくし浮子はお嬢様の言動に一喜一憂する事なく、お嬢様の今を受け入れ、季節が移り変わるように、まずは自然の流れに任せようと話し合いました。私たちの毎日はこうして始まったのでございます。


 

 退院した日の夜、わたくしの自室のドアをノックされたお嬢様が「うきちゃん、ふじちゃんが、くらいからこわいし、しずかだし 、いっしょにねていいって?」と大きな声でおっしゃられ、お嬢様の闘病日記を書いておりましたわたくしは立ち上がってドアを開け「どうぞ」とお嬢様を招き入れました。




 わたくしの顔を見て「ありがとう」と言いながら、私のベットに入られたお嬢様のお顔は、幼き頃を思い出させるものでございました。お嬢様がわたくしとお休みになるのは、22年ぶりのことでございます。




 ベットに入った富士子が、浮子に布団を掛けてもらっていると、ブルーが富士子に話しかけてくる。『うきちゃん笑ってる・・よかったぁ。いつも優しいし、暖かいのね。ねーーっ、ふじちゃん』と。心の宮殿に引きこもる富士子は顔も上げず、無言だ。ブルーは座っている富士子の背に自分の背をつけてしゃがみ『ふじちゃん、いいよ。ブルー頑張るからさーー、ここでゆっくり休んでて』と言った。富士子は救出されて以来、立ち直れず、心の宮殿に引きこもり、外のことはブルーに任せていた。



 「うきちゃん、せなか、トントンしてって」

 その日から富士子は、浮子のベットで就寝するようになる。



 朝は浮子と共に起き、朝食を作る浮子の手元を珍しげに眺めたり、浮子の後を付いて回ったりしていたが、その様子を1ヶ月ほど黙って見ていた国男は富士子を誘い、テーブルに広げた新聞記事を読み聞かせ、タイミングをとらえて富士子に声に出して読むよううながした。



 最初の頃の音読はタドタドしく、「このかんじ、なんて読むの?パパ」と聞く富士子は高等で習う字が読めたり、音読みと訓読みを間違えたり、小学校低学年の文字に悩んだりしていた。その度に国男は根気良く教え、そうしているうちに富士子はよどみなく、大きな声で読み上げられるようになっていった。そして富士子は興味を持った新聞記事の政治、経済、芸能について国男と会話するようになる。富士子が話しているのか、ブルーなのか、国男と浮子は知るよしもなく、富士子自身にも・・・分からなかった。



 その話の合間に必ず国男は「富士子、今日は何するんだ?」と聞く。調子の良い日の富士子はやりたいことを国男に教え、悪い日は「教えないから‼︎」と怒鳴り出す。そうする事で国男と浮子は今日の富士子を知り、心に留めおいて生活していた。



 “365歩のマーチ“に似た日々を国男と浮子は過ごす。3歩進んでは2歩下がる。富士子の療養は一進一退だった。



 たまの朝、見送りに出た富士子は出勤する国男に、「いっしょにいくー」とだだをこね、引き止めた浮子に「うきちゃん、きらいだから。ふじちゃんはね、えきたいデイダイスのー。もういい、やめるんだから!!」2人の人間が、代わる代わる話すように言っては泣きだし、一日中、浮子と口を聞かなかったりもする。



 そんなある日、「ふじちゃんがほんよむから、うきちゃんここにいてって」と言い、浮子を隣りに座らせて寝そべった富士子は、ネイチャーを読むのに夢中となって浮子に家事をさせなかった。寄り添う浮子はその姿を写真に撮り、国男に送信する。すぐに“ 理解して読んでいるのか?” と返信が来た。“ はい。理解されています。質問いたしましたら、いま会得えとくしてるところだから後で答えるとおっしゃいました。全集中で読まれております”と浮子は返信した。



 旦那様のお喜びはいかばかりであろうかと、その日の夕食にわたくしは、ちらし寿司を作ることに致しました。支度をしておりましたら、お嬢様は「うきちゃん、なんかいいことあったの?どなたの誕生日でもありませんよ」と仰いました。わたくしが「さようでございますね。たまにはそんな日もあって、良いのではないかと思いまして」とお答えすると、「うきちゃんさ、おいしいって、お重のちらし寿司いっぱい食べて、パパとたくさんお話ししてた人、どこにいるの?ってふじちゃんが言ってるよ」とおっしゃいまして、わたくしは宗弥さんの事だと思い「お電話してみますか?」とお伝えすると、お嬢様は「あ!!お願いします!!うきちゃん!!」と喜ばれ、宗弥さんのスマホに連絡を入れましたが、終始、留守電話でございました。わたくしが「お出になりません。今日は無理なようです」と申しましたら、お嬢様はわたくしからスマホを奪い、庭に投げ、泣き崩れられました。


 

 その日、夕食を食べなからふと、お嬢様をご覧になった旦那様が「富士子、何か読みたい本はあるか?」とお聞きになり、お嬢様は「あかずきんちゃん」と迷わず答えられ、はたと、お嬢様をご覧になった旦那様のお顔に影がさし、そのお顔はおいたわしく、わたくしは我慢ならず「そう言えば、読んで差し上げた覚えがありません」といつわりを申し上げてしまいました。わたくしの顔を見て気持ちを立て直された旦那様は「そうか、明日、買ってこよう」と約束されたのでございます。



 一喜一憂しないと決めてはおりましたが、心情はそういうわけにはいかずで、やはり回復は望めないのだろうかと、悲嘆ひたんれたりも致しております。何かをクリアすれば、次にはまた厚い壁がある。心労ではなく、終わりが見えないのがつろうございます。ですが、希望は無くしてはおりません。




 次の日の朝、富士子はすぐに芝庭に出て寝っ転がり、朝食を進める浮子の声を無視して空を眺め続け、浮子は2段お重を作って庭での昼食とする。だし巻き卵を食べながらふとお嬢様が「あかずきんのおはなしを、くるまをね、うんてんしてたひとがはなしてくれたのって、あのひとにあいたいって、ふじちゃんいってるよ」とおっしゃり、「どなたの事でございましょう?」と聞いたわたくしに、「愛した人よ」と答えた口調と声に元来のお嬢様を感じて、わたくしの中を、驚きにも似た嬉しさが駆け抜けましたが、わたくしはいたって普通を心がけ「今どこにいらっしゃるのでございましょう?」とお聞きましたところ、お嬢様は「死んだの」と呟き、わたくしのひざに頭をのせられて涙を流されました。妄想なのか・・世迷いごとなのか・・真実なのか・・わたくしには判断がつきませんでした。

 


 浮子はそんな富士子の髪を、いたわるようにく。浮子は国男から要の話はしないようにと、きつく言われていた。救出作戦中、所在不明になっていると、富士子はその現場を目撃している可能性があると、刺激するなと浮子は言われていた。死んだとは、もしや、尾長さんの事を・・おっしゃっているのでは・・・お嬢様の・・・愛した人とは・・尾長さんだったのだろうか。



 そういえば映画を観に行く予定だったあの日、お嬢様は瞳から喜びがこぼれ落ちるほどに生き生きとしていた。そう考えれば不憫ふびんいなめず、浮子はしみじみと自分が過去において来た哀憐あいれんの情を思い出し、雨に打たれて濡れそぼるような思いは、お嬢様にはして欲しくはないと思うのだった。浮子はこの日から一層、富士子を守らなければという思いを強くする。



 その日の夜から富士子は、この日国男が買ってきた赤頭巾の本を胸にいだいて、浮子の自室に来るようになった。



 翌日、富士子の悲しみの一旦いったん垣間かいまみた浮子が、物思いにひたりつつ庭の手入れをしていると、手伝っていた富士子は浮子の首筋にミミズを入れ、悲鳴を上げた浮子にニンマリと笑って見せたり、昼食を手伝いながら「ふじちゃん、 じょうずだね」と自分をめてみたりもした。昨日の出来事を忘れたかのように・・・。



 日々は続く、国男と浮子の心情を置き去りにして、欲するがままに迷わせ、裏切り、ウジウジと進む。・・・時は時としての残酷さを存分ぞんぶんに見せ付けつつ進む。




 そんなある日、様子を見に来た宗弥に富士子は「そうちゃん、おさんぽいこーって」と言って連れ出そうとする。「ああ、そうしたいとこだが」と宗弥の答えはイマイチえず、富士子は「なにかあったんですかって、ふじちゃんが聞いてるよ。そうちゃん」と言い、富士子のあどけない目を見つめた宗弥は「富士子、俺、辞職」と言ってハッとする。“今、辞めれば、富士子との接点の1つがなくなる“とよぎった宗弥はうつむいてしばし黙り込んだ。不安を覚え「そうちゃん」と声を掛けた富士子に、宗弥は「なんでもないよ、やっぱ散歩行くかー」独り言のように言い、富士子の右手を取って自分の左腕に掛け「毎日、何してたんだ?」と明るく話しかけながら歩き出した。



 2日前、宗弥はアルファチームのにんかれ、コロンブスの直属となった。それにともないアルファメンバーとの接触不可が言い渡されていた。



                     ★



 富士子はTVに白衣姿の医師が出演すると「 こわい!」と叫んで必ず泣き出し、ある日は誰も居ない門を指差して 「迎えに来てくれたーーー!!」と喜びの声を上げて庭に飛び出し、「ふじちゃんはここにいるよ」と言いながら探してみたりもする。



 浮子が止めるのも聞かず、コーヒーを飲んで「これ、おいしくないから、うきちゃん!」と怒ったり、浮子の膝枕で昼寝したり、国男が休日の日、隣に座っては「しろいけとりましょうね」と言って白髪を抜き始め、国男に「ごめんね。パパ」と謝る。その度に国男は返事にきゅうして「歳を取ると白くなるもんだ」と無難な答えを見つけて返した。



 一日中、浮子のベットで寝ていたり、風呂場から「うきちゃん!」と大声で呼び、慌てて駆けつけた浮子に「よんでみただけーって」と言ってみたり、画面に海が映ると耳を両手でふさぎ、眉間に深いシワを寄せて凝視する。「浮ちゃん、ちらし寿司作って」と言い出す日もあれば、頬を朱に染めてチョコレートケーキを素手で口に入れ食べていたりもする。



 そんな日々の中で国男が「どうしてお前に、富士子って名前をつけたと思う?」と質問すると、富士子は「パパが、るぱんさんせいの、みねふじこを好きだからでしょ。だからふじちゃんは、ふじこなのねー」と答え、国男は「 そうだよ、よくわかったな。実はもう一つ理由があるんだ。パパはよく海外に出張してただろう。その国で知り合った人たちに日本人だと伝えると、ほとんどの人がフジヤマと返すんだ 」と語り、それを聞いた途端とたんに富士子は瞳を輝かせ「フジヤマってすごいんだねぇ!ーパパ」 と感心した。



 その無邪気さにあわれを感じながらも国男は「だから、世界に名をせる富士山にちなんで、世界で活躍する人になって欲しくて、富士子って名前にしたんだぞ。富士子」と説明する。富士子は国男の両肩を幼い仕草の両手で掴み、自分の方を向かせ「パパ 、ぶじちゃんが、せかいのフジヤマになる!って」とかなでるように宣言してみせた。




  そんな 日々を富士子は生きている。






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