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国守の愛 第1章      作者: 國生さゆり  
29/92

富士子編  29 新宿駅〜山手線への乗り換え


  シーン29 新宿駅〜山手線への乗り換え



 新宿駅に到着した3人は富士子を先頭にして、長い昇りエスカレーターを目指している。あと数歩でエスカレーターというところで、要は富士子の前にスッと進み出てステップに乗り、富士子を背中でおおった。



 富士子はこれほど長く、急勾配きゅうこうばいなエスカレーターに乗ったことがなかった。あまりの長さに、要の左側から顔を出して富士子は先を見る。チラリと振り返った要と目が合い、富士子は笑顔を返した。



 3人が一列縦隊のまま2つ目のエスカレーターに乗ると、富士子の後ろに立った宗弥が「富士子、大丈夫か?」と声をかけ、振り返った富士子は「うん、大丈夫。このエスカレーター長いね」と返し、「そうだな、富士子。知らないことだらけだろう」と言った宗弥の声に、わびしさしさのようなものを感じた富士子は「どうしたの?」と聞く。



 わずかに目を見開いた宗弥は「前、向けって、危ないから」と言葉をとがらせた。富士子は知らない。何のための準備なのか。富士子は、富士子の世界で生きて行けばいい。おじさんの庇護ひごと好きな研究と、たまに俺でいい。そんな世界で生きていてほしい。世界の現状なんて富士子は知らなくていい。



 2つ目のエスカレーターを降りると、人の往来おうらいが一気に増えた。楕円形の構内広場から6方向に伸びる通路へと、人が絶え間なく出入りしている。それぞれの方向から出てきた人が構内広場で交差し、また別の通路に吸い込まれていく。富士子は人の多さとその足早さに驚く。そして無関心さにも。



 それに都内の地下に迷路のような構内通路が、何本も広がっているなんて知らなかった。通路の両端に様々な商店が並んでいたなんで知らなかった。足音が、店から流れる音楽が、喧騒が響いているなんて知らなかった。



 自然の影響を受けない人間だけの空間。地下をこんなに掘って地盤沈下しないのだろうか。何かあった時、方向感覚は機能するのだろうか。お日様がない。目的の地を目指してただ、ただ歩く。近未来的ではあるが人の熱量は極めて低い。人は進化したのか、退化したのか。自然との調和が無ければ人は無気力に見える。グループが際立ち、無関心で、スマホばかり見ている。人に関心を持たない親切なモノトーン色。



 キョロキョロと周りを観察しながら歩く富士子が人とぶつかったり、すぐ前を横切られたりすることはなかった。前を歩く要が壁となり、人波をっているからだ。僕も十分、過保護だった。



 山手線の改札口前に着くと、要は上着の内ポケットからカードを取り出して「これを使ってください」と富士子に差し出した。シルバーのカードにピンクの文字が印刷してあった。要の顔とカードを交互に見た富士子に、要は「改札のパネルに、このカードをタッチするとストッパーが開きます」と説明する。



 バッグから財布を出そうとすると、尾長さんは犬歯を見せて微笑ほほえみ「僕はあなたより薄給はっきゅうですが、このくらいのことは、綺麗なお姉さんに出来る男です」と言った。私はその実直な言いように、「ありがとうございます」と素直な気持ちでカードを受け取る事が出来た。



 富士子の隣に立っていた宗弥は「よかったな、富士子。その歳になって初めのが出来て」と茶化す。私の顔はみるみる間に赤くなった。地団駄を踏みたくなる衝動に耐えて宗弥を睨む。宗弥は何食わぬ顔で私を見ていたが、我慢できずに笑い出し、私の頬はますます々、熱さを増した。



 朱色に染まる富士子を見ていた宗弥は、軽快に笑い声を上げる。そう、俺しか知らない事実、富士子は無垢だ。だけど、俺のもの。





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