富士子編 27 地下鉄・改札口前
シーン27 地下鉄・改札口前
着信音がピンと鳴り、スマホを操作し始めた富士子に宗弥が「ここからは富士子がナビゲーターだ。駅アプリのアドレス送った。無事の任務完遂を祈る」、「えっ!?私が?」宗弥は荘厳な表情で頷く。
地下鉄で移動するのは初めてだ。富士子が振り向くと、要は歩み寄った宗弥にペットボトルを一本渡し、2人は談笑しながら水を飲み始めた。
待ってる⁈ えっと・・でも・・失敗したら・・どうしょう、修正できるの⁈その方法は⁈ 富士子はまたも2人を見るが、どこまでも、穏やかに会話していていた。2人は本気だ。「私、地下鉄使うの初めてだから多分、もたつくと思うの。からかわないと誓うならナビする」、と聞いた要と宗弥は同時に右手を上げ、真剣な表情で「誓います!」ピリッとした声を完璧にユニゾンさせたが、もう目が笑っている。
私を笑っているの!もう、すでに、面白がってるじゃない!ムッとする。俄然やる気になった富士子は路線図を見上げ「駅はどこまでの切符を買えばいいですか?」と平坦に聞く。
尾長さんが「まずは、新宿まで」と答える。「まずは!?」と聞き返す。「まずは」とおおむ返しした尾長さんがうなずく、そして上着の内ポケットから、マット加工された黒のマネークリップを取り出して、自動販売機を操作し始めた。
切符を購入した富士子がアプリを見ながら「都庁前方面、1番線発、4駅で、8分」声に出して2人に伝えて歩き出し、改札に切符を通す。要と宗弥は改札のパネルに、Apple Watchをタッチさせて通過した。それを見ていた富士子は改札でも使えるんだ、あとで検索してみようと興味が湧く。
案内表示を確認しながら、ホーム階へと続く階段を降り始めた富士子の後ろに宗弥が、宗弥の後ろに要が続く。不安になって振り返った富士子を、宗弥が「階段で振り向くな。危ないだろ」ピシリとたしなめる。
ホームに着くと、天井を支える太い円柱が左右にあった。路線図を見た富士子は考える。左右同じ路線図だけど・・・右は上半分、左は下半分の路線が薄いピンク色・・線路沿いの壁にある駅名の下を見る。→がついていた。図面と見比べて濃いピンク色の方角に電車が進むと分かって、ニッコリと微笑んで宗弥に振り返った。宗弥はできの良い子を見るような表情で、寛大に頷く。やった!!!
富士子は1番ホーム側を歩き出す。人が並んでいるゲートと、そうでないゲートがあるのに気付き、人が居ないゲートを目指す。1号車のゲート前で富士子が立ち止まると、要は富士子に背を向けて立った。何を見ているんだろう?と興味を持った富士子は、要の影から顔を出して通路を見る。視線を向けている人はいなかった。富士子は要に視線を移して、広い背中だと思う。
要は作戦移行に際して、それまでベータが収集した資料と報告書、本陣から新たに下りてきた情報を突き合わせ、徹底的にトーキーと二人で分析した。その結果、今作戦中に最悪が起きれば、悲惨なシナリオになりうると判断した。富士子が1人でも行動できるよう備えると意味で、要は富士子を連れ出すと決めた。
もし不測の事態が起きた時、要は終末の瞬間まで、富士子のそばに宗弥を居させるつもりでいる。だが・・・何事にも、絶対は存在しない。それが世の常で、自然の摂理だ。そばにいる間に富士子にできる限り、今まで無縁であったろう事を、経験させておこうとしていた。模擬の修羅場が現実のものになれば、富士子は一人都内から脱出し、本陣からの救助を長くて1日、一人待たなくてはならない。要はふと、隣に立つ富士子を見た。このか細い体で耐えられるだろうか……。聡明な頭脳を持ってはいても、富士子は壊滅的な世間知らずだ。人を疑った事すらないだろう。困った人を見れば、躊躇なく手を差し伸べて助ける。それが当たり前だと思っているはずだ。だが、そこに付け入る工作の仕様もある。
やはり、富士子一人では無理だ。宗弥を死なせてはならない。




