最後の試練
「大丈夫か? ピタゴラス」
「ああ。もう大丈夫だ」
メイ氏に肩に手を添えられて、立ち上がる
悲しむのは後にしよう。そして、リーダー氏にカナンを連れているところを見せるのだ。いつになくやる気だった
「……自分とカメトキの相性がどれだけよくても、召喚してしまったからにはMPを使う。この意味がわかるな?」
メイ氏に顔を覗きこまれるように告げられ縦に首を振った
いずれはMPが切れる。それはもうわかっていた
「それならいいんだ。で、この先が重要なんだが」
メイ氏は一度視線を外し、辺りを見回す
新手の気配はない。空気を読んでいるかのようだった
いや、読んでいるのだろう。やりかねない
「この先倒れた自分や、アリスさんを狙う狡猾な敵とかち合うかもしれない」
顎に人差し指を添える
メイ氏の目がいつにもまして鋭くなった気がした
「迷いなく見捨てろ。いいな。ピタゴラス」
その言葉は半ば予想していたことであった
しかし、こうして言葉にされてしまうとどこか心に棘が刺さったような気分になる。それは出来そうもなかった
「わかった」
だから、嘘をついた
どの道わかりようもないことだし、わかったところで俺がうまくやれば良い話である
「頼むぞ」
侍さんの神妙な顔にああ、と短く答えた
なんてことはなかった。ただ、これ以上この人たちを傷付けるのは俺が耐えきれなかった
「作戦タイムは終わりましたか?」
そこに割り込むように声が挟まられる
不意を打たれ、二人で飛び上がって声の方を見る
その姿には覚えがあった
蒼い双眼に白を基調とした服の少女。間違いない
「運営か」
「運営だな」
メイ氏と、俺の声が重なるように放たれる
そいつは純白の傘をくるくると回して弄んでいた
「イリエナ、とこの姿では名乗っておりましたが……まぁ、この際です。細かい話はなしでいこうじゃありませんか」
メイ氏は両手に剣を発生させ、俺は両手を前にだし、拳にする
運営は目を細くしてその様子を伺っていた
「ところで、ここで朗報があります」
運営は人差し指で天を差す
さっきからわざとらしいほど隙だらけだ
聞くか、との意で俺は目線をメイ氏へ投げた
メイ氏は頷く。それならとそのまま運営の言葉をまった
「この私が最後です。そして、この勝負にさえ勝っていただければ約束通りカナンさんを返して差し上げましょう」
信用できるかと顔を歪ませた
そんな俺の様子に運営はふーむ、と唸る
「信用できない、という風ですね?
よろしい。では前払いといきましょうか
セイクリッド・コール」
運営の言葉にそれは脚元に倒れ伏す。褐色で、長髪を後ろに束ねた少し筋肉質な少女だった
この姿形は間違いなくカナンだ
「これで信じて頂けましたね?」
俺は眉間に皺を寄せる
姿形はそうでも、心まではわからない。そうやって動揺させることを運営は楽しむ奴だ。更に信用を無くした
「おかしいですね、最大の譲歩だというのに
直ぐに手の届く場所に貴方の大切なものがあるというのに
それを拒むというのですか?」
一瞬でこちらまでの距離を詰めてきた
メイ氏もたまらずといった様子で剣を降り下ろす
「おっと。メイさんですね。忘れてました
貴方、なぜ生きてるんでしょうね」
「がっ……!」
背後から声がしたと思ったらメイが吹っ飛んだ
運営はその様子を片手で影を作ってみていた
「よく飛びました。しかしこれは少々やり過ぎましたかね」
カメトキから水流は傘で受け、涼しい顔を向ける
ついには傘を手放した。あの傘は自動的にカメトキの水流を無力化するらしい
「貴様……!」
「あらあら。怒っておられるのですかピタゴラス
わたしはこうして身を切っているというのに」
俺が放った拳は運営の胸部に当たった
やや柔らかさを感じるその感覚が神経を逆撫でされているようであった
「一途ですね、ピタゴラス
それでこそです」
「ぐっ、ぐぅ……!」
俺の放った拳を信じられない力で運営は握る
こいつ……次元が違ってやがる。そんな思いが脳を掠め、しかし、同時に冷静な部分も蘇った
「こんな、こんな圧倒的な力で捩じ伏せるなんて……らしくないじゃないか。まるで……人間みたいだ!」
おやおや。と運営は声を落とす
腹に据えかねたらしい。ヤバい。折れるかも
「わたしは人間とは違います。あんな無責任で嘘付きな連中と一緒にしないで頂きたいですね」
運営の始めて感情的になった顔を見た
恨みすら含まれていそうである。知ったことではないが
「……そうですね、想定とは少し違いますが良しとしましょう
ほら、ピタゴラス。セイレーンを出しなさい」
セイ、レーン?
痛みに耐えつつ、運営の言葉を頭で反芻する
「いい加減折りますよ。こんな細腕、なんなら一瞬にして折ってしまえるのです
それともそうしたいですか?」
「くぅ……ぐっ!」
ぐきぐきと悲鳴をあげる我が手首に膝を落としつつ、俺は叫んだ
「ほら。コールしなさい。それが最後の試練です
なんなら待って差し上げましょうか」
「断る」
そうですか、と運営はまた片手に力を込めた
尋常じゃない。まるで万力だ。耐えきれない
「でしたら、出るまで痛め付ける他にありませんね
そしたら出るんでしょう? というより出たがってません?」
言いながら、片手ではなく俺の髪をつかみ引っ張った
くそ。痛い。くらくらする
「やはり貴方を選んだといえど同じというわけではないということでしょうかね」
「ぐふっ」
鳩尾に膝を入れられて俺は倒れ伏す
肩で息をした
「ほら。掴まえました」
「がっ……!」
ついには、片手で首を掴まれた
地面に着いていた脚が浮く
「……流石にこれでは出てきてくれそうですか
やれやれ、骨が折れました」
ーーピタゴラス!
セイレーンの声が聞こえた
これはいよいよダメだ。仕方がない。俺は水魔法を解禁した
「むっ」
ビリーヴ。というより少し強いだけの水流を俺は両手から放った
驚いたのか、先程とはうってかわって抵抗するように運営は俺から手を離し、水流を払う
「くっ、なんですかこれはぁ!」
しかし、払いきれなかった。そのまま運営は流される
思いがけない隙を産んだが、俺は水を両手から発射し続けることなく止める。これで決まるとは思ってなかった
「嘗めないで頂きたい!」
「読んでたぞ」
上空から踵落としをする運営に俺は水を纏った両脚を駆使して回避した
運営の攻撃は地面を抉った。息を飲みつつ、呼吸を整える
「おまえの考えそうなことは大体考え付く
チェックメイトだ」
両の手に水の球体を纏わせ、構える
片手は悲鳴を上げてるが、動かなくはない。捌ける自信はあった
「そうでしょうかね!」
運営は距離を詰め、真っ直ぐ拳を放ってきた
俺はジェル状になった水の球体で包み、両手で受け止める
「無駄だと言った筈だ」
後ろに滑って勢いを殺しながら告げる
運営の顔はありえないとばかりに歪んでいた
運営相手にこの状態から攻めには転じられないが、防御に徹すれば負けることもまたない
これも特訓の成果であった
「では、このようなことはどうでしょうか」
ライトニングエッジ。運営はそう呟いて手の内に雷をためた
それが棒状に引き伸ばされ、片手に持ってわざとらしく指先で狙いを定める
「……小癪な」
運営が指差している先にはカメトキが水流を吐く姿があった
あそこにはリーダー氏もいるはず。一時も迷わず滑って移動した
「きちんと半殺しにあいますのでご安心を。正義の味方さんっ!」
ここまできて。そんな思いはなくもないが、やはり悔いもなかった。せめて防御はしようと体の前で両手を重ねる
向かってくる雷の槍を見ながらその最後の瞬間までセイレーンに来るな、と願った
「遅くなったね」
それは、飛来する雷の槍を踏むという離れ業をした。幼い顔立ちをしていた。金髪であった
着地した衝撃で土塊が舞う。地面を抉って立ったソイツは、その歓喜の光を含む琥珀色の双眼をゆっくりと開いた
全身を覆いすぎてダルダルになったコート。それはいい。問題じゃない
「話が違うよ。イリエナ」
俺にはソイツがいつかの魔女にみえた
一瞬、頭が真っ白になった




