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消化試合

「ちょっと待って。全くのみ込めない」


 だからですね、とメイ氏にリーダー氏は続ける

 二人してなにやら神妙な顔をしていたところ、首根っこを取っ捕まえられた


 取っ捕まえられた憐れな俺はあーとかいって情けなかったがリーダー氏も黙ってそれに付き合ってくれていた


「カナンさんがセイクリッドになって捕まったんです!」

「だからなんで!?」

「ほら書いてあるでしょうが」

「セイクリッド“カナン”でしょうがぁそれは」


 そのまま立ち話を続けているとこのような会話になった


 いや、なってしまったのだろうか

 メイ氏がタメ口だなぁだとか的外れなことを思っていた

 軽い非現実逃避である。重症だった


「カナンさんなのかカナンさんではないのかを確かめるのが目的なのです。わかりますかこのロマンスが!」


「アリスさん。それはロマンスとかロマンスじゃないとかそういう問題ではないのでは……」


 エルフようじょに目を落としながら頭を悩ます侍さんがそこにいた

 何となく二人の日常が分かった気がした


「リーダー。メイ」


 しかし、このまま長くなるのはそれはそれで厳しい

 なんなら一人でやり遂げたかったが、これはあくまでチーム戦。人の助けが必須なのだ


 少なくはない打算があった

 しかし、だからこそ俺は真実を告げる覚悟を固めた


 拒絶されるかもしれない

 そんな考えも頭を掠めたが今は踏みにじった


「話がある。重要な話だ」


 俺は事の本末を説明するべく、そう続けた




 俺はいつもの酒場のテーブルで二人に対面し、AIだと……つまり、NPCだと告白した

 カナンとの関係も包み隠さず教えた


「ははぁ、それはすごい。たまげたわ」


「カナンさんと二人きり……ぐぬぬうらやまけしからん」


 しかし、メイ、リーダー氏の反応はそんなものだった

 なんだか深刻そうな顔をした俺が損した気分だった


「そうなると一つ、気になるんだけど」


「ああ……なんだ?」


 俺はメイの方に目を向ける

 その表情が面白かったのかなんだかその顔は柔らかい


「……なんつー顔だよ」


 メイはこちらを指差して笑う

 こいつ言いやがった。色々悩んでるんだぞ!


「いやー悪い。引き止めたのも含めて悪かった。多目にみてくれ」


 笑ったかと思えばメイは手を合わせて謝ってきた

 それが本音だろ。まったく。そういうとこだぞ


「纏まりましたね?」


「待たせたねリーダー」


 メイ氏はリーダー氏に顔を向けて頷いた

 その顔には少し腹を立てることもあったがとても心強いのも確かだった。感謝しかない


 二人が立ったことを確認し俺も立つ

 すると、堰を切ったかのように思考が奪われた


 カナンはどうしてるだろうか

 運営のことだ、手荒な真似はしていないとは思いたいが


「そもそもNPCだというなら頭の上にそう書いてあるのが筋ってものじゃないか。どう思いますアリスさん?」


「……なんとも言えませんね」


 二人の会話を聞く余裕すらなく

 はたと気がついて俺は歩みを止めて後ろを振り返った


「直ぐ行きます!」


「あぁ、すまん! 置いてかないでくれ!」


 駆け付けてくれる二人にそんなつもりはなかったんだが、と苦笑した

 どうにも冷静さを欠いている。我ながらそんな気がした




「イベント会場はこちらになりまーす!」


 蒼い双眼に白を基調とした服の少女がハートを象ったバルーンを片手に参加者をゲートへ促していた

 あいつが主催か。そう考えると沸々と煮えるものがあった


「セイクリッド“カナン”どんな性能なんだろうな?」

「諦めろ。もう精霊軍が取ってるだろ」

「俺たちはおまけを貰おうぜ」

「内容はわりと美味しいよな」


 なんでもない会話でさえ、胸を抉ってくるようでたまらなかった

 自然と手が拳になる


「ピタゴラスさん。抑えてください」


 その様子を感じ取りリーダーは俺のすぐ後ろから告げてくる

 列に並ぶことさえもどかしい。今すぐ取り止めろと言ってやりたい


「人権レベルだったらちょっとアレだよね」


 そんな折、メイがそんな声を上げた

 何を言うかと振り返ったがその顔は神妙だ


「今まで培ってきたユーザーに優しい、なんてイメージはこれでぶっ壊されましたよね」


 そして、リーダー氏もそのような顔をして叫んだ

 何人かはうお、アリスさんだと声を上げる


「アハハ……どのような言いがかりで?」


 騒ぎを聞き付けたのか、いつかのイベントで見た少女が近付いてきた


「……貴方方でしたか。お待ちしてました」


 まぁ、関わり合いたくなくなるのはわかる

 どこか親戚にあったかのような気さくさでそいつは俺たちの前に現れた


「今すぐこんなイベントを取り止めろ」


「はい?」


 馬鹿にしたように聞き返してくるそいつに俺は目を見開いた

 肘で鳩尾あたりを突かれている。痛いぞメイ


「すまない。妄言だ」


 どうどう、とリーダー氏に言われた

 やかましい。わかってる


「優しい運営ですから許します」


 俺に近づき小声であっさりはいた

 そう言えばそういう奴だった


 やはり、殴ってやろうかと思った

 しかしそれはすんでで思い直した


 それは二人を裏切る行為なのではないか

 そんな思いが頭をかすめたからだ


「……みなさま。ご安心を。まだセイクリッドは売れ残っております」


 そいつは綺麗に揃った歯を見せた

 明らかな挑発だった


「その性能たるや、目を見張るものでしょう」


 確かに彼女は優秀だ

 だが、そういう意味ではない


「優秀とされたチームにこそそれはふさわしい、そう確信しております」


「それはどういうーー」


「平等に権利はあって然るべきですよね。ただ早いだとか、強いだとかではありません。審議して採点致します」


 リーダー氏の言葉を遮り、運営は言葉を続けた

 審議? そんなもの、あってないようなものじゃないか


「見事に射止めた大変運のよろしいプレイヤーにはそれは素敵な奉仕と日々を約束いたしましょう」


 おーとの歓声が上がった

 俺はひたすら笑いを張り付けてる少女を睨んだ


「残念ながらセイクリッドの身は一つですが

 喧嘩なきよう、仲良く扱って下さいね」


 貴様、カナンに何をした!

 言う前に手が出そうになった。実際には手はでなかった


「おまえも熱くなることあるんだな。これからからかいたくなる」


「カナンさんとはアツアツですからね。そこを突くと蹴られるのがオチですよ」


 メイ、リーダーが涼しい顔してガッチリ固めてたからだ


「一ついいか?」


 メイ氏に質問を挟まれ、俺は言うタイミングを逃した

 正直、助かったとすら思った


「……採点はそっち。セイクリッドもそっち。これじゃあ平等とはいえなくない?

 急にこんなイベントしてどうしたんだ? 今までとはまるで違うじゃないか」


 沈痛な思いでメイを見た

 詰まらなそうな顔で発言をしていた


「重々承知しておりますよメイさん。ですので、参加賞も豪華にしてあります」


「ふーん。それでガチャコインばらまくんだ?」


「今回に限っては……ですが。それがどうか致しました?」


 その言葉にメイ氏がしてやったりと笑みを浮かべた


「おかしいと思っていたんだ。運営はそれだけはしてこなかった」


「ガチャコインがある分には困らないでしょう?」


 はぐらかそうとしたのか、運営は悪ぶりもしない


「それでわざわざこの男の隣にいつも座っていたあの娘を選んだって?」


 メイが続け様にこれを突きつけると、何人かがざわついた

 セイクリッドカナンとカナンを繋げ、俺が共に行動していたことを示唆した


 知らないプレイヤーもいたのだろう

 或いは本当に新規のセイクリッドだと信じていたプレイヤーもいたのかもしれない


 それを聞いて静かに列から去るものも見えてくれば

 えー、だとかそれマジ、と少し賑やかになった


「それをうちのリーダーに真っ先にそのことを伝えたのは迂闊だったな。いや、どんな理由があるかは知らないが。これは傑作だね」


 メイがこちらに笑いかけ、最後にこう告げた


「ピタゴラス。喜べ。これは必ず勝てる戦だ」


「どういう、ことだ?」


 殆どわかってはいたが、聞き返してしまった

 純粋にメイの考えが最後まで聞きたかった


「このイベントはいわば出来レース。ピタゴラス。おまえを参加させる為の罠だったんだよ」


「な、なんだって!?」


 驚いたような顔をメイ氏に向けた

 笑っていた。冷静ならわかってただろ。そんなことを言われた気がした。そんな気遣いがただただ、温かかった


「仮にそうだとして、それがなんだというのです?」


 だが、それでも運営の得意気な顔はブレていないかった

 寧ろ笑みを深めてすらいる。まるで中身のある虫かごに向けるみたいな顔であった


「結局はすべて運営の気分次第、さじ加減ひとつということを改めて証明したにすぎないじゃないですか」


 それは純粋にイベントを楽しみたいとしていた人への裏切りの言葉であった


 これを聞き、列はいよいよ崩壊していく

 やがて、もはやイベント会場は俺たちだけとなった


 まぁあとで戻ってくる人もいるだろうが……なんだか冷水を頭からかけられた気分だった


「大切なカナンさん。取り戻したくはありません?」


 そんなそいつの様子に漸く俺はおぼろげながら狙いがつかめた

 だが、解せない部分があった。冷静になって改めて考えるとますます沼にはまるようであった


「平等を尊ぶ貴様がなぜこのようなことを。嘘をつかないのは結構だが、客を敵に回すような致命的な行為に及ぶなんてらしくないぞ」


 笑顔を張り付けたそいつに感情は見られない

 俺はなおも返答を待つ。やがてそいつはふぅ、と一息吐いた


「ピタゴラス。その解は単純です。こんなちゃぶ台をひっくり返したような茶番に及ぶだけのメリットがわたしにあるだけのことですよ?」


 そいつの目はもう、笑ってはいなかった

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