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セイレーンとマリン

 四人の子供達が突然立ち止まった

 リーダー氏と目を合わせ、隣のセイレーンを見る

 セイレーンは上を見ていた


「スパイラルウォーターシュート!」


 背後からの声。メイ氏か!

 激しい水流は真っ直ぐに空中に伸びて何かに当たっていた


「まずいですね、突破されます

 ウィンドレイジ!」


 リーダー氏は水流が当たっている先を更に風で包む

 あのフォルムはマリンで間違いない


「セイレーン。いけるな」


「……うん」


 セイレーンは頷き、手を上に翳す。俺も同じようにした


「合唱曲・ビリーヴ!」

「ビリーヴ!」


 準備をしていないためか以前よりは威力は落ちるが、それでも大きくうねるような水流が俺達から放たれた


「テンション上がって参りましたよ!

 ウィンドレイジ!」


 それ二つ出せたのか……

 空中にていいように使われたトラウマを刺激されつつ、思わぬ好機に感謝した


 これでダメならなにが効くのか

 そんな攻撃だった


「えいっ」


 マリンは実体化すると俺達からの攻撃を気合いで霧散させた


「いやー……ごめんね。見つかるなんて思ってなかったからさ

 目がいいねカメの……お兄さん?」


 マリンは謝ってはいるが迷うことなく地上に降りてくる

 俺は一応四人の子供達を守るように移動した


「……お姉さんだ」


「重ねて失礼」


 マリンはメイ氏に少し舌を出してこちらに振り返る


「さっきぶりだね。ルールは忘れてないみたいで関心だ。流石だよピタゴラスくん」


「日はまだ沈んでないからな」


「そういうところは見習いたいよ」


 うんうん、とマリンは頷く

 どこまで本気なのかわからないが、少し足元が怪しい。どうしたのだろう


「はぁ~あ。ドジっちゃったなぁ

 まさかビリーヴを覚えてるなんて思ってなかったから

 立ってるのもやっとだよ、これ?」


 一応効いてはいたのかと思うとなんだか複雑だった

 マリンは敵という感覚ではなかったからだと思う


「先程ピタゴラスさんたちが撃った技ですか」


 俺はそうだ、と言ってリーダー氏に頷いた


「ビリーヴ。魂に干渉する魔法だね……

 例えば、ワタシの本体がずっとずっと遠くにあったとしても……この力は作用する

 効果は永遠の眠り……懐かしいな」


 マリンはそういって膝から地面に崩れ落ちた


「マリン!」


 セイレーンはそれを受け止める


「二人で考えた最強の魔法……完成してたんだね?

 すごいよ。キミじゃないけれどキミは。やっぱり……紛い物でもワタシみたいな偽物には敵わない。敵う道理なんてなかったんだ」


「そんな……わたしは……!」


「ワタシ、知ってたから。こうなること

 その顔で泣かないで。折角いい感じに休めそうなんだから……」


 マリンは片手を伸ばし、セイレーンの頬に触れた

 その顔は実に穏やかだ


「……リーダー。マリンはもうダメなのか?」


「契約すれば或いは……?」


 俺の問いにリーダー氏は腕を組んでそう告げる

 メイ氏も顎に人差し指を添えて考えてくれてるようだ


「……マリン」


「却下」


 俺が全てを言い終わる前にマリンははっきり口にした

 笑ってさえいる


「困ってるね? セイレーン……だったっけ?

 ワタシはキミのそんな顔が一目見たかったんだ。失敗しちゃったけどね。でも意外な形で叶っちゃった。回りくどいことなんてすることなかったんだね……」


「マリン……そんな……いや、いやだよぉ……!」


 セイレーンの目から滴が落ちる

 彼女はマリンに覆い被さるように抱き着いていた


 なにか言おうと頭を回すがよくよく思い出してみるとセイレーンにとってマリンとは唯一無二の親友である

 二人の問題である以上、会話に入ることはためらわれた


「セイレーンさん。ほら、皆困ってるから。なんなら飽きてるから

 ワタシみたいな性悪のことなんて忘れて。帰るべきところに帰りなさい」


「やだぁ!」


 セイレーンはぐしゃぐしゃになって泣いていた

 勿論、そんな姿は始めてみた


「ふーむ強情だ。そんなところだけ似なくて良かったのに。困ったね。この娘は……ソロ・ビリーヴ!」


「ああーっ!」


「せ、セイレーン!」


 マリンが放った水流は大きく伸びてセイレーンは空高く飛んでいく


「……大丈夫。かっこつけたウォーターシュートだから

 あの娘なんなら無傷だよ」


 仰向けに倒れたマリンはそういってつばの大きな帽子を脱ぎ、自分の胸の所に置く

 まるで宝物かのように抱き締めていた


「なぁ、マリン……恐くはないのか?」


「恐いよっていったら?」


 マリンの目がこちらに向く。目を潤ませていた

 もはやその涙が何を意味するのかわかることがない。それはとても寂しいことにも思えた


「……無理矢理でも契約する」


「そっか……それはズルいね」


 無理矢理に契約する方法なんて全く浮かばない

 詰みではあった。これが最後のあがきだった


「……セイレーンのためでもあるんだ」


 正直、こうなるとは思ってなかった

 あれだけ悲しませてしまっては意味がなかった


「それなら残念だったね。相手が悪かったって諦めなよ」


「どうしても……ダメなのか?

 そんなに許せないのか?」


 それを聞いてはんば投げやりにふぅ、と一息つき

 なんと起き上がってきた


「お、おい」


 いいからいいからと、フラフラになりながらもマリンは一人で立ち上がる


「……お人好しのキミにワタシは最後の力を振り絞ることにした。感謝してよねピタゴラスくん」


 風で飛んでいく帽子を名残惜しそうに見つめたかと思うとびしりとこちらを指差した


「あの娘はワタシの知ってるセイレーンなんかじゃないよ。もっと別のなにかだ」


「そ、それじゃあ……君は最初から正気だったのか」


「そこからなんだ……なんだか可笑しいね」


 へらへらと肩を震わせると、ふらりとマリンは倒れた


「マリン!」


 倒れる寸前で俺はマリンを支える

 マリンの目はもう閉じていた


「……君には感謝してるよ。ピタゴラスくん

 あの娘とは……確かに違うけど。それでも、あの娘は似てるから。帰りは……心配しないで。みんなの安全は、護るから。アフターサービスも万全だから……」


「そんなこと今気にすることかおまえが!」


 寝言のようにつらつらと言葉を重ねるマリンを俺はなんとか繋ぎ止めようとした

 すまなかったマリン。俺が悪かった。どうにかしたい


「可笑しいね? あの娘に抱かれてた方が嬉しかったなぁ……」


 マリンは微笑を浮かべる。その顔があまりにも安らかで満足気だった


「サーナ……」


 マリンは片目から滴を落としそのまま寝息を立てた




「世界が崩れます!

 ピタゴラスさん!」


 どれだけそうしていただろう。リーダー氏の声にはたと気が付く


「見てみろ。ピタゴラス」


「はっ……!」


 メイ氏に促されて、俺はそれを確認した

 道案内をしていた四人の子供達とマリンらしき影がそれぞれゲートになっている

 ゲートの先には酒場の風景が見えた


「魔力の叡智だ。当人がいなくて始めて作用するものとは……この目で始めてみた」


 崩れ行く世界で五つだけ輝くそのゲートは確かに神々しくも思えた

 全然偽物なんかじゃないじゃねーか!


「マリンを置いていく訳にはいかない……!」


「ゲートは四人……いや、五人分ですね。それでもあぶれますか」


 リーダー氏が俺に諭した

 何から何まで完璧なヤツだよ全く!


「リーダー。魔力が零になれば、セイクリッドを引っ込められるんだな?」


 だが、確かにあった。この世界からマリンを切り取る妙案が


「やりますか?

 ドラフルドーピングでかなり伸びてますが」


「やるしかないさ」


 リーダー氏に俺は頷いた。そうだ。やるしかないんだ


「自分達がやった方が早くないか?」


「メイ。気絶した俺を頼む」


 カメトキに乗るメイ氏がそんなことをいってくれる

 有り難かったが、ここを譲る訳にはいかない

 セイレーンと俺がやらなきゃ意味がないんだ


「……街に戻れば状態異常なんてふっとぶ

 きっとまた会えるさ」


「あぁ……そうだったな。ありがとう!」


 カメトキに乗ったメイ氏は頬の辺りを掻いていた

 メイ氏はいざというときに冷静だ。その冷静さに助けられた。きっとこれからも助けられるだろう


「話は纏まりましたね?」


「ああ。リーダー。遅くなったな」


「扉に入ろうとしてこの世界の破片が刺ささりましたでは格好が付きませんからね。一応皆さんにウィンドレイジかけときましたから」


 四人と一匹に魔法をかけて平然としているリーダー氏はやはりスマートだ

 その包容力と柔軟性、経験にはいつだって助けられている。助けられ過ぎていると思う


「ウィンドレイジってかけとくものなんですね……」


「何事も応用を考えるものです。メイさんもよくよく覚えておくように」


 はい、と続けるメイ氏とのかけあいに思わず笑ってしまう

 やはり、この状況でも変わらない雰囲気こそがリーダー氏の最大の武器なのかもしれない


「セイレーン!」


「ただいま」


 俺に呼応するように我がパーフェクトセイクリッドが隣に降り立った

 飛んできたの?


「セイレーン。マリンにまた会えるぞ」


 俺はセイレーンに片手を伸ばす。セイレーンもこれに応じた

 マリンはもう持ってなくても大丈夫だ。リーダー氏に任せる


「……大体わかったよ。ピタゴラス。ありがとう。わたしの、唯一の親友のために」


 セイレーンは俺の手を強く握る


「いいさ。セイレーン……皆で帰ろう」


 俺も握り返し、握られていない方の手を天に向けていった


「うん!」


 セイレーンも俺の手を追いかけるように伸ばす


「零になるまでスプラッシュするからな。覚悟しろセイレーン!」


「わかった!」


 俺達にはそんな雑な掛け声で十分だ

 そこに偽物かどうか、名前がセイレーンかそうじゃないかなんて関係ない

 俺は改めてそう思った


「いくぞ」


 俺はその瞬間始めて意識をなくすために願った


「合唱曲・ビリーヴ!」

「ビリーヴ!」


 段々と朧気になるなかでもうひとつ、重なる手が見えた気がした

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