アトランティス(2)
ーーすぐ戻る
ふいに手を離されたので立ち止まった
セイレーンは奥深くまで潜っていく
ちょっとまっててとカナンに伝えると相変わらず俺の片手を抱えながら何回か頷いていた
ーーこれ、使えないかな
セイレーンは沈む三又の槍を捕まえて戻ってきた。持ち手に残った魚人の両手をえい、と取り払う
おお、ワイルド
「くれるの?」
セイレーンはそれをカナンの方に持っていった
カナンが確認するように俺の眼を見たので頷いておく
おずおず、といった形でカナンは片手を伸ばす
時間をかけて掴んだ結果が、あっ。というどこか間の抜けたものだった
「ーー二人が来る。避けて!」
カナンが上を向いて叫んだ
二人と言われてリーダー氏とエル氏かと及びついたが
避けてというのがわからない
とにかくセイレーンだ、セイレーンを探そう
「セイレーン! 手を掴め!」
咄嗟に片手を伸ばし、服の袖を掴まれた感覚がした
んー、まぁいいや。離すなよ!
その瞬間だった
上から風魔法と思われる球体が二つ、目の前に落ちてきた
ーーきゃあ
ぬおっなんか体全体に幸せな感触が!
「ご無事で?」
「すごく無事です」
抱き寄せられてるだけです、リーダー氏
突然の出現したエルフようじょと柔らかな感触に俺は心を落ち着かせるように敬語を使った
「ご、ごめん。リーダーちゃん
これがあれば水の中で息が出来るみたいで」
カナンは片手で掴む三又の槍を見せた
ほう、とリーダー氏は興味深く観察する
「魚人の持つ三又の槍ですか……奪えばそのような効果があったのですね」
目が光っておられるリーダー氏がようじょらしからぬ顔で口を歪ませている
よしよし。怖いし怖かったねーセイレーン
「まだですか。サクラさん」
ぷるぷるしてるセイレーンの髪を撫でて愛でているとエル氏の一言がリーダー氏の背中に刺さる
振り返ったリーダー氏に目が覚めましたね、とエル氏が続くその会話はどこか慣れていた。リア友かな?
「おほんおほん、大体の事情は把握しました」
気を取りなおすように咳をした後リーダー氏は後ろに手をやる
リーダー氏にカリスマが戻ったぞ。セイレーンを撫でなければ
ん、やらや、やら悩ましい声を聞かせてくれた
調子に乗ると怒られかねないがこれがやめられない
「我々二人はこの先邪魔になるかと思うので帰ります
皆さん、どうかお気をつけて」
風の球体維持しておいて邪魔になるとはなんだろう
そもそもなにしに来たんだ
色々思うところがあったが言うとややこしくなりそうなので黙って浮上するようじょを眺めておいた
「……まぁ、不器用な人だよねどうにも
いい人だからそこは誤解しないでやって」
エル氏が天使のような風貌からは想像できない程冷ややかで鋭い声を投げ掛ける
とりあえず頷いておけばええねん。俺は激しく頷いた
「ほんとは聞きたいこといくつかあるんだけど……あれ待たせてるとうるさいからなぁ。じゃね、カナン。またあとで」
「えっ? う、うん! またね、エルちゃん!」
カナンは戸惑いがちに答えた
わかるぞ。その気持ち
エル氏はばいばい、と言い残し自分達に手を振りながら浮上した
ーー行った?
行ったよ、もう怖くないよ
俺はセイレーンの髪をここぞとばかりにわしわし撫でた
二人を送り出し先頭のセイレーン、俺、カナンの順で水中を進む
そのなかで俺はなぜ二人がここに来たのかという話を持ち出していた
「黙っててごめん、ピタゴラス」
そういって始まったカナンの話。なんでもカナンの魔法が解かれたら二人が救出に来る流れだったらしい
過保護ともいえるが、今回に限らずありがたい話だ
「謝ることはない。三人には心配かけたね」
そうは言ったが俺はカナンの方を向けなかった
実際、俺に責任があるのは明らかだ。甘えもあったのかもしれないとも思う
「……ごめんね。ピタゴラス」
カナンは重ねて謝った
その理由が大体想像がつくだけに少し胸が苦しくなる
ーーフール・ジャッジズ号
突如セイレーンが止まり、俺たち二人も止まった
「船だね」
「ああ。フール・ジャッジズ号という船らしい」
俺の翻訳にそうなんだ、とカナンが続く
なんだか気まずい。目下の船の方に意識を集中した
帆に大きな骸骨のシンボルがあり、それが目立たないことがない。波に揺られているだけではないのだろう。幽霊船って奴だろうか
ーー破壊しなければ
なぜ、とは聞かなかった
正確には、セイレーンの言葉があまりに切実に聞こえて理由は聞きにくい
「カナン。あれを破壊しようと思う」
「あたしはいつでもいけるよ」
俺はその時、始めてカナンと目を合わせた気がした
決意が混じったような、覚悟を決めたようなそんな目だった
「決まりだな」
俺はカナンに頷いた後、セイレーンの方を向いた
ーーありがとう
礼には及ばない。俺にできることこのくらいだし
そう思って二人を握っていた手を同時に離した
ーーまずはその忌々しい船頭からバラバラにしてくれる
「船に近付くな、カナン」
凄みが増したセイレーンの言葉にカナンに注意した
俺の隣を陣取っているが、念のためだ
「わかってる」
カナンは頷いて答えた
流石頼りになるな
ーー 一節“至れぬ楽士の……くっ
船に敵意を向けると、船頭から幾つかの縄が伸びる
縄が真っ直ぐセイレーンに向かい、詠唱の邪魔をした
あわよくばセイレーンを捕らえようという算段らしいが、寸前のところで避けたり、爪で弾いたりしているようだった
危なっかしかった。戦闘が長引けばこちらが不利になる予感がする
かといって俺一人が助けに行ったところで共倒れになるのがオチだろう
ーーおっ、おのれ……! うあっ
奮闘したが背後に回った縄を捌ききれず
いよいよ片手を捕らえられ、それを機に瞬く間に縄が殺到する。船頭に繭のような状態で捕らえられてしまった
セイレーンの声はどこか怯えてるともとれた
なんとかしたいが、縄で近付くことが難しい
もしかするとこの特性こそがこの船に拘ってた理由かもしれないと思うと気が気じゃいられなかった
全く、悪趣味だ
「セイレーン……今自由にしてやる。ウォーターボール」
俺は片手にウォーターボールを作り、平たくする
こうすることで鋭くなることを発見していた
しかし、狙いは船ではない。俺だ。とにかく今すぐに彼女を解放しなければならない
例えそれが死というものであっても関係はなかった
俺が死ぬことができれば、セイレーンは戻ってくる
あのろくでもない船にどのような思いがあったかはわからなくなるのが、少し心残りではあるがやむを得ない
「ーーダメだよ、ピタゴラス」
覚悟した俺をカナンが隣で制止するように手をやった
どうして止める
ーー嘗めるなぁ!
セイレーンが出てきた。あの太い縄を引き千切ったのか
まぁ、なんでもいい。しかし、こうなっては見ていられない
「セイレーン!」
「あっ、ピタゴラス!」
俺はカナンの制止を無視してセイレーンの元に泳いだ
別にそれで死ぬならそれで構わない。まさに捨て身だ
ーーピタゴラス
「すまん。どうも目に余った」
相手の芸風は割れている
セイレーンがいるだろう位置に目を流しながら、向かってきた縄のひとつに用意したウォーターボールをぶつけて嗜めた
「案外戦力になりそうだ。この息で時間を稼いでみる」
沈む縄を見据え、要はこの作業を繰り返せばいいと結論付けた
リーダー氏との特訓の成果を見せるときだ
あの魚人を倒してからというもの、このくらいの水泡いくつ作ろうとへばらない自信がある
「ーーピタゴラス! 前!」
カナンの悲鳴ともいえるそれに俺は反応する
すぐ目の前に錨が迫っていた
なぜ気付かなかった。これはひどい。格好つけた結果がこれだよ
思いをはせ、俺は目を閉じた
キィン、という音と衝撃。俺は生きていると思いつつ、目を開けた
目の前にはカナンがいた
「くっ、はっ……ピタ、ゴラス」
錨がカナンの背に刺さっていた
俺の手の中で震え、彼女は苦しむ。抱き付かれてるがそれどころじゃない
「カナン……! せ、セイレーン。さっきのを撃てないか!」
ーーフフ
俺はセイレーンに叫んだ。セイレーンは笑っている
情けない。笑われても仕方ないと思う。ゲームでの死は次があるが、これでは後味が悪くてたまらない
「よ、よ、よ……!」
「か、カナン。無理をするな」
カナンはよ、と言いながら震えていた。俺の声も震えていた
とりあえず縄をウォーターボールで打ち落とす
薄い本みたいにはさせないマン
「よくもピタゴラスをォッ!」
ひょ?
激昂したカナンは錨が伸びる鉄鎖をむんずと掴み、豪快に背から錨を抜く
「くっ……うあああっ!」
そしてその剣幕のまま錨を投げた
錨は船底に当たり、縄が明らかにそこに集中していくのがわかった
「はぁ……はぁっ!」
カナンさんは肩で息をしていた。ありがとうカナンさん。すき
効いてるぞ。しかし、カナンの傷は流石に無視できない。ここで畳み掛けねばならないだろう
「思わず、笑ってしまった。ピタゴラス……カナンさんまで。我とて感化できぬことはある」
セイレーンの声が近い。実体化したのか
そう思って振り返るとなんかブルーのオーラを纏ってらっしゃった。耐えろ俺。俺はMPタンクだ、MPタンクとなるのだ
「“エクスヒール”」
「はぁ、あっ……セイレーンさん」
悩ましい声を上げてカナンは光った
顔色が戻ったので回復したのだろう
回復魔法なんて覚えてたんですね、セイレーンさん
「沈みぞこないめ。今すぐ海の藻屑にしてくれる」
セイレーンは片手を船にかざす。まるで狙いを定めているようだった
縄がセイレーンに殺到するが、補修しているのもあって全く届かない
「さようなら。フール・ジャッジズ号
一節、“至らぬ楽士の嗚咽”!」
詠唱により船がバツ印に破裂して沈んでいく
そして、この辺りで俺の意識も遠退いた




