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エピローグ めでたしめでたし



 先輩と付き合い始めて一週間が過ぎた。

 今日は水曜日。週に一回の、お互い部活動のない日だ。

 付き合い始めてからは先輩の部活が終わるまで待って一緒に帰っているから、別に特別でもなんでもないんだけれど。

 今まで毎週この日を恐れていたり、途中から楽しみにしていたりしたから、ついそわそわしてしまう。


「それで、結局踏んだの?」

「はぁっ!?」


 ゆっくり帰り支度をしていた私に、意味不明なことを言ってきたのは、当然というか大路くんだった。

 思わず女子にあるまじき声を出してしまって、慌てて口をふさぐ。


「や、恋人になったんならSMプレイだって、まあ無理ない範囲で叶えてあげてもいいんじゃないかなって」

「私はSじゃないし、先輩もMじゃないから……」


 頭が痛くなりそうな発言に、私は脱力した声で反論してからため息をついた。

 私はもちろん前世でも現世でもSだったことはないし、先輩はガラスの靴としての前世から、踏まれたいというより履かれたいと願っていただけだ。

 大路くんは私たちのことをいったいなんだと思っているんだ。


「まあ……たしかに、彼はMよりはSっぽい部分があるしね」

「え、どこが?」

「好きな子を困らせるのが好きなところ?」

「……」


 ひ、否定できない……!

 先輩にどれだけ困らせられたなんて、考えても限りがない。

 たとえ先輩にそのつもりがなかったとしても、困らせ上手なのはたしかだろう。


「まーほちゃん! 帰ろ!」


 微妙な空気を壊すように、一年の教室に先輩がやってきた。


「ん? どうかした?」

「いえいえ、ガラスの先輩は困った人だよねって話ですよ」

「んー、なんか今音が濁ってたような気がするけど、俺は烏野だからね、大路くん」

「それはすみませんでした、烏野先輩」


 二人の間にバチバチと火花が散っているのが見えるような気がした。

 前世の関係で複雑な気持ちがあるのは理解できるし、仲良くする必要はないけど、私を挟んでケンカするのはやめてほしい。


「大人げないです、先輩。大路くんも年長者にケンカ売らないの」

「売ったつもりはないんだけどなぁ」

「はいはい。行きましょう先輩」


 また一戦始めそうな雰囲気に、私は有無を言わさず先輩を引っ張る。

 じゃあねと大路くんに手を振って、クラスメイトにも挨拶しつつ、なんとか平和的に教室を出ることができた。


「ごめん、真帆ちゃん……困らせるつもりはなかったんだけど」

「謝るくらいならもうちょっと大人になってくださいね」

「はい……」


 すっかりしょげ返ってしまった先輩に、これはこれで困ったことになったと私は眉をひそめる。

 惚れた弱みと言われればそれまでだが、私は基本的に先輩の笑顔が好きだ。

 いつもの上機嫌な笑顔も、たまに見せる大人びたやわらかな微笑みも、ちょっと困ったように浮かべる笑みすらも。

 こんなふうに地の底まで落ち込んでほしいわけじゃない。


「……手、つなぎますか?」

「っ! つなぐ!!」


 元気になってほしくてした提案は正解だったようだけれど、あまりの食いつきのよさに若干引きそうになった。

 私が手を出すよりも前に先輩にすくい取られて、ぎゅっと握られる。

 デレデレとゆるみまくった笑みを浮かべる先輩に、まあこれでもいいか、と私は苦笑をこぼす。

 初対面で「踏んでください」なんて言われたときは、まさかこんな関係になるなんて思ってもいなかったけれど。


「先輩は、今でも踏んでほしいって思ってたりします?」


 さっきの大路くんとの会話をふと思い出し、なんの気なしに尋ねてみた。

 きょとん、と先輩は目を丸くした。


「どうしたの、急に」

「前はあんなに言ってたのに、って思って。いや、言われたら言われたで困るんですけど……」


 当然ながら、私にそちらの趣味はない。

 もし本気で頼み込まれたとしたら……聞いてしまう可能性は、なくもないけれど。

 できることなら好きな人を踏みたくはない。なんて、普通に考えたら当たり前なことを考えている時点で、私たちの関係の異常さが浮き彫りになるようで、少しおかしい。


「うーん、今はどっちかというと、乗ってほしい、かな」


 考えるように首をひねってから、先輩は私に笑いかけた。

 それは、どこかイタズラっ子のような、魅惑的な微笑みだった。


「乗る、ですか?」

「うん、馬になりたいな」

「馬は……ネズミじゃありませんでしたっけ?」


 かぼちゃの馬車を引いた六頭の馬は、ネズミが姿を変えていたはず。

 つまり先輩はネズミになりたい? いや、それともシンデレラは関係なく、本当にただの馬に? どういう理由で?


「わかんなくていいよ。まだ早いと思うし」

「……?」


 頭を悩ませる私に、先輩はさらに混乱させるようなこと言う。

 まだってことは、いつかはわかるということだろうか。


「俺は真帆ちゃんがだーい好きだよってこと」


 きれいに、きれいに、先輩は笑う。

 私の大好きな顔で。

 王子様でもなく、ガラスの靴でもなく、烏野 光の顔で。


「っ!? ぜ、絶対なにか違うと思います!!」

「違わないよー」


 先輩があまりにきれいに、楽しそうに、そしてしあわせそうに笑うものだから。

 結局、私はそれ以上何も聞くことができなくて。



 私がその言葉の意味を知るのは、もう少し先のこととなるのだった。







お付き合いくださりありがとうございました。

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