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鶴見日向子の独り言(還暦過ぎてうつ病になった主婦の日記)  作者: 鶴見 日向子


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姑の第二回の足の付け根の骨折

お年寄りと暮らすという事の難しさを嫌というほど思い知った思い出

ばあさま(姑)、二回目の足の付け根の骨折


足の付け根の骨折にも、いろいろあるようですが……


調べる気力がないので、ここでは「足の付け根の骨折」で統一させていただきます。


一回目の骨折から、どのくらい経っていたかなあ……


よく覚えていません。


姑は、週に二回ほど、デイサービスに通っていました。


「絵を教えてもらえる」


というのが、通う目的でした。


姑は水彩画を習っていたらしく、もしかしたら日本画だったのかもしれませんが、私には区別がつきませんでした。


とにかく「絵」が好きだったので、それを楽しみに通っていたのです。


当時の私は、スケッチブックに楽譜を貼り付けて使っていました。


開いても閉じないので便利だったのです。

重くなるので、後にやめましたけど。


ある日、姑がそのスケッチブックを、一ページ一ページ丁寧にめくりながら、じっくりと眺めていました。


「おお、楽譜が読める? すごい! 知らなんだ!」


私は尊敬のまなざしで姑を見ました。


しかし、すべて見終わった姑は一言。


「変わった絵やな」


話がそれました。


ある日、我が家に楽器の先生が見えて、私がレッスンを受けている最中に、夫が飛び込んできました。


「ばあさんが、また足の付け根をやったって! 救急車で搬送されるそうだから、お前、病院まで送ってくれ」


つまり、こういうことです。


デイサービスの玄関マットにつまずいた。

足の付け根が折れたらしい。

近くの整形外科へ、デイサービスの車で搬送された。

しかし、その整形外科では手に負えず、救急車を要請することになった。

家族が付き添わなければならない。

夫が付き添うが、自分の車を置きっぱなしにはできない。

かといって、後から迎えに来てもらうこともできない。


だから、私が夫を送迎しろ。


そういう話でした。


楽器の先生に事情をお話しして、私は大急ぎで夫を病院まで送りました。


往復三十分ほどだったでしょうか。


家に帰ると、静かです。


「あれ? 私の次の人のレッスン、ないの?」


レッスンに使っている部屋へ入ると、先生がお一人で「ぼおおっ」としていらっしゃいました。


「あれ? 〇〇さんは?」


次にレッスンを受けるはずだった方です。


「今日はお休みです」


えええーーーっ!


思い切り我が家の事情に巻き込まれた、楽器の先生。


三十分近く、お一人で放置されていたことになります。


私のレッスン時間も、ほとんど終わりに近づいていました。


先生は、ただ無駄な時間をお過ごしになっただけです。


平謝りでした。


それから、我が家の鍵を先生にお渡しするようにしたのですが、結局、その鍵が使われることはありませんでした。


そのとき、先生が一言。


「なんで、デイサービスで骨折させますかねえ……」


まあ、そうなんですけど。


こればかりは、仕方がないとしか言いようがありません。


姑の二回目の骨折は、一回目とは反対側の足でした。


「前回より重症です。人工関節になる可能性が高いです」


そう言われました。


そして、


「両足ともやりましたので、もう普通の生活は無理です」


ベテランらしい看護師さんから告げられた、冷たい言葉。


私は、覚悟を決めなければなりませんでした。


「あなた、二男のお嫁さんなんでしょ? そこまでしなくていいのよ」


師長さんが、私に言いました。


つまり、


「施設への入所も視野に入れなさい」


ということです。


施設に簡単には入れないことなど、百も承知です。


「待機している間は、頑張ります」


そう答えました。


ところが、ばあさまは期待に反して――期待という言い方も変ですが――人工関節を回避し、普通に歩けるまでに回復しました。


「本当に両足を手術した人?」


と思うほど元気です。


できなくなったことといえば、正座くらいだったでしょうか。


その安心が、後の悲劇につながるとは、想像もしていませんでした。



痛がって、歩けないくらいのほうがよかったのだと、今でも思います。


車椅子や杖に頼っていてくれたなら……


「お母さんのせいではない」


娘は、そう言ってくれます。


それでも私は、悔やんでも悔やみきれませんでした。


ある日のことです。


ばあさまが、家の中にいません。


「郵便を出しに行った?」


近くのポストの辺りまで探しましたが、見つかりません。


「どこに行った?」


近所を、必死に歩いて探し回りました。


ばあさまは、近所のばあさま軍団が大嫌いでした。


私も嫌いでした。


ですから、立ち寄りそうな家もありません。


「車で探しに行く!」


そう言って車に乗り込み、エンジンをかけたときでした。


目の前に、ばあさまが現れました。


ひどく疲れた顔をしています。


「どこに行っていたんですか!」


私は叫びました。


「あのな、コンビニに郵便を出しに行ったんや。そうしたら閉まっていたから、余計疲れた」


コンビニに郵便?


ポストなら、家の近くにあるのに?


しかも、コンビニまでは我が家から一キロほどあります。


平地なら、そこまででもないかもしれません。


しかし、そこへ行くには、急な坂道が延々と続くのです。


「私だって、歩いて行くのは厳しいです。どうして言ってくれなかったんですか? 車で送りましたよ。帰りだって、コンビニに公衆電話がありましたよね? 呼んでくれたらよかったのに」


私は、そんなにも自分が信頼されていないのかと、がっかりしました。


「郵便物しか持っていなくて、お金を持っていかなかったんや」


ばあさまは、そう言いました。


過ぎたことを言っても仕方がありません。


「もう、こんなことはしないでくださいね」


きつく、きつく言いました。


それにしても、よりによってコンビニが休みだったというのが、すごい皮肉です。


年中無休のはずなのに、その日に限って、たまたま改装工事をしていたのです。


それから、しばらくした後のことでした。


「足が痛い。歩けない。トイレに行けない」


ばあさまが、足の痛みを訴えました。


ばあさまが痛がるなど、よほどのことです。


私は、キャスター付きの椅子に座らせ、トイレまで運びました。


当然、車椅子ではありません。


椅子はあちこちへ滑っていき、それを押さえるだけで、私はへとへとになりました。


途方に暮れている私の横で、ばあさまは、


「痛い、痛い」


と繰り返します。


その日は祝日でしたが、手術をした病院へ電話をかけました。


「足を痛がって、歩けません。どうしたらいいですか?」


「すぐに連れてきてください」


そう言っていただき、私はばあさまを病院へ連れていきました。


病院に着くと、自分で車椅子を借り、ばあさまを座らせ、待合室で待たせました。


看護師さんを煩わせることなく、一人でできました。


私も進化していたのです。


「あんなに痛がるのは普通ではありません。今日は検査ができませんから、とりあえず入院で」


主治医が、そう言いました。


祝日なのに、ばあさまのために、わざわざ駆けつけてくださったようです。


私は絶句しました。


すると、看護師さんが言いました。


「あれじゃあ、家で面倒を見るのは無理でしょ?」


確かに、その通りでした。


「よろしくお願いいたします」


私は、そう答えました。


それが、ばあさまの死へのカウントダウンの始まりでした。


続きます


ずっとずっと、後悔してきました。

「あの時入院させなければ」


でも、最近になってやっと「仕方がなかった。私のせいではない」と思えるようになったので、公開したいと思います

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