怪しいおばさんになった話
とても、不名誉な称号を手に入れた話
やっと町内会長から解放された頃の話です。
部屋の窓を閉めようとした時でした。
黄色いカバーをつけたランドセルを背負った子が歩いているのが見えました。
「あれ?」
その年、うちの町内会には新入生がいなかったはずです。
「どこの子だろう?」
もう町内会長ではないのだから、そのまま気にしなければよかったのですが、つい目で追ってしまいました。
「町内会に入っていない家の子かな? それにしては帰る方向が変だなあ」
そう思って見ていた、その瞬間でした。
その子が突然、顔から前につんのめったのです。
見事な顔面着地でした。
両肩に水筒や荷物を抱えていたため、とっさに手が出なかったようです。
私は絶句しました。
その子はしばらくして自力で立ち上がり、また歩き始めました。
「強いわー」
と感心したのも束の間。
すぐに大きな泣き声が響き渡りました。
私は、その子が一人だと思い込んでいたので、慌てて外へ飛び出しました。
現場へ行くと、泣き叫ぶその子のそばに三年生くらいの子が二人立っていました。
一人は顔見知りの子。もう一人は見たことのない子です。
転んだ子は町内会の子ではありませんでした。
顔は見事に擦りむけ、鼻血まで出ています。
これは痛い。
でも足は大丈夫そうでした。
近くに町内会の子の家があったので、とりあえずそこへ連れて行き、保護者に連絡してもらおうと思いました。
他のお宅は共働きで、昼間は誰もいません。
「がんばって歩こう。おうちの人に迎えに来てもらおうね」
そう声をかけたのですが、
「歩けない!」
と泣き出してしまいました。
その間にも鼻血がぽたぽた落ちています。
すると、一緒にいた子の一人がティッシュを取り出して鼻に当てました。
今思えば、私よりずっと冷静でした。
私は完全に慌てていました。
「わかった! おばちゃんちすぐそこだから、車を持ってくる! おうちまで送るから!」
それが一番早いと思ったのです。
急いで車を持ってきて、
「さあ、乗って」
と言うと、怪我をした子はすぐに乗りました。
その時ふと、
「チャイルドシートがない……」
と思いましたが、緊急事態だから仕方ない、と考えていました。
ところが。
他の二人が、ものすごく怪訝な顔で私を見るのです。
「ごめんね。一緒に乗ってくれないと、この子のおうちがわからないの。案内してくれない?」
そう頼んだのですが、
「怪しいからイヤです」
と、きっぱり断られました。
えーーーーーーっ!?
内心では大騒ぎです。
町内会の行事で一緒に遊んだじゃない!
去年まで会長だったじゃない!
とは思いましたが、口には出しませんでした。
冷静に考えれば、知らない大人の車には乗らない。
正しい判断です。
でも、その時の私は必死でした。
結局、車に乗る乗らないで押し問答になってしまいました。
そこへ。
まるで救世主のように、町内会の子のお母さんがやって来たのです。
なんというグッドタイミング。
お母さんは真っ青な顔で車から降りてきました。
私は事情を説明し、
「顔から倒れているので、お医者さんに連れて行った方がいいと思います」
と伝えました。
すると、
「大丈夫です。この子の家も知っています。後は任せてください」
と言ってくださいました。
私は心の底から
「助かったーーー!」
と思いました。
後日、そのお母さんからLINEが来ました。
「うちの息子が大変失礼いたしました」
という内容でした。
私は、
「いえいえ。私よりずっと冷静でしっかりしていましたよ」
と返事をしました。
そこで、ふと思ったのです。
あのお母さん。
なぜ、あんな絶妙なタイミングで現れたのだろう?
もしかして……
キッズ携帯の非常ボタン?
だとしたら、子供たちは最初から最後まで正しかったことになります。
怪我をした友達を心配しながらも、知らない大人の車には乗らない。
必要なら助けを呼ぶ。
今思えば、防犯教育がしっかり身についていたのでしょう。
誰も悪くありません。
子供たちも正しかった。
お母さんも正しかった。
私もたぶん間違ってはいなかったと思います。
ただ一つだけ確かなのは、
私はその日、「怪しいおばさん」という称号を手に入れたことです。
それだけは間違いありません。
ちなみに現在、うちの窓には防寒用のプチプチが貼ってあります。
外の様子はほとんど見えません。
もう、外で誰が転んでも気づかないでしょう。
それでいいのか悪いのかはわかりませんが、少なくとも「怪しいおばさん」になる機会は減ったようです。
正直、後でものすごく落ち込みました。
「怪しい人」と判断した子供の判断は正しい。
けど、なぜかすごく悲しかったのが本音デス・・・




