現在の話
皇女の帰還の後書きでも少し触れましたが、私は一昨年頃、「鬱病」を発症しました。
約十ヶ月間、ほぼ寝たきりに近い状態でした。
「なぜ鬱病に?」
そう思われる方もいらっしゃるかもしれません。
ですが、実は私自身も、はっきりとはわかっていません。
「引き金」は確かにありました。
けれど、「これが決定打だった」というものは、今でもよくわからないのです。
若い頃の方が、もっと大変な生活をしていました。
だからこそ、
「これから少し楽になる」
そう思った矢先の発症でした。
実は、今回が初めてではありません。
元々、「不安神経症」という診断で、長年薬を服用していました。
薬を飲んでいれば、日常生活に支障はありませんでしたし、自分でもそこまで深刻には考えていませんでした。
そんな中、家のすぐ近くに新しい精神科が開業し、そちらへ転院しました。
そこで断薬に成功し、私は「完治」のお墨付きをいただきました。
新しい先生は、
「本当は、もう少し薬を続けた方がいい気がします」
とおっしゃっていたのですが、私は「完治」という言葉がうれしくて、
「もう飲みません!」
と断言してしまったのです。
その後、ある出来事をきっかけに再診した際、先生は「再発ですね」とおっしゃいました。
ですが、私はその時点でも、自分は「鬱病」ではないと思っていました。
ところが、症状は以前とは比較にならないほど重かったのです。
医療費助成を受けるための診断書を見た時、病名欄に「鬱病」と書かれているのを見て、私は激しく動揺しました。
「不安神経症ではなかったのですか?」
そう尋ねた私に、先生は静かに説明してくださいました。
「鶴見さん。あなたが長年飲んでいたのは、安定剤ではなく『抗うつ薬』です」
「しかも、血液検査では副作用も出ていました。だから断薬を勧めたのです。本当は別の薬を続けてほしかったのですが……」
もし、この先生が開業してくださっていなかったら――
私は副作用に気づくこともなく、自分を「不安神経症」だと思い続け、同じ薬を飲み続けていたのだと思います。
それでも私は、前回は薬を飲めば比較的早く落ち着いたので、
「今回も半年くらいでよくなる」
そう信じていました。
ですが、現実はまったく違いました。
まともに歩けない。
眠れない。
言葉が出てこない。
相手の言っていることが理解できない。
めまいを起こして転倒する。
そして、一番つらかったのは――体が動かないことでした。
「トイレに行きたい。でも動けない」
四つん這いでトイレまで向かったことも、一度や二度ではありません。
その間、先生はいろいろな薬を試してくださいました。
ですが、効かなかったり、副作用が強すぎたり――なかなか合う薬が見つかりませんでした。
ある薬では、
「やっと落ち着いた」
と思った矢先に、肝機能の数値が悪化し、断薬しなければならなくなりました。
その離脱症状のつらさは、本当に言葉にできません。
あまりの状態に、脳のMRIまで撮ることになりました。
幸い、異常はありませんでした。
やっと自分に合う薬が見つかり、少し落ち着いたのは、発症から十ヶ月以上経った頃でした。
それでも、今も症状は残っています。
見た目では理解されにくいため、「精神障害者保健福祉手帳3級」を取得しました。
「自分は健常ではない」
そのことを客観的に示すものが欲しかったのです。
結果として、申請してよかったと思っています。
思いがけない形で助けられたこともありました。
(人によって状況が異なるため、詳細は伏せさせていただきます)
小説を書き始めた理由については、後書きにも書いた通りです。
少しずつでも、小説を書くことで、自分の中にある重たいものが、少しでも昇華されていけば――
そんな思いで、今も書き続けています。




