第1話「ハコブネへようこそ①」
世界がもしも楽園ならば、こんなにも鬱屈とした日々を送ることはないのではないだろうか。
学校がつまらないとか、将来が不安とか、これは極々小さな不満だ。
別段、今すぐ不幸が起きるわけでもない。ただ、世界は退屈で、俺はそれに飽きていた。
俺は凡庸な人間で、この世界に対して何も期待されていないし、何かを期待することもないだろう。
異常気象の影響かは知らないが、春にしてはやたらと暑い昼下がり。まるでフライパンのように熱されたアスファルトに寝そべった俺は、そんなことを考えていた。こんな時、本来ならば家族や友人のことを思うべきなのかもしれない。
「死にたくない」
なんて、口から漏らすべきなのかもしれない。でも、俺の口から出た言葉は、またしても寄る辺を失った不満でしかなかった。
「俺が何したって言うんだよ……」
自分でももう少し気の利いた言葉が出てもいいのにと、少しだけ自己嫌悪したりもしていた。
毎日に飽きていた……。
遠くでクラクションの音が聴こえる。
赤信号を無視して突っ込んできたトラックに轢き飛ばされた俺は、宙を舞い、アスファルトに叩きつけられた。
これから、人生がいい方向に転ぶのか、そうではないのかはわからない。
けれどもうそんなことを考える必要が無いと思うと、少し気が楽になった。
テレビやSNSで流れる情勢不安や、これから大人になることへの恐怖に苛まれていた日々は終わる。何かを自主的に決める必要はもうなくなったと、俺は確信した。
2026年4月3日。
俺は、死んだ。
-------
まばゆい光の中で、俺は目を覚ます。ここが天国か。
――――ようこそ。ハコブネへ
誰?
――――私はハコブネの案内人です
俺は死んだんじゃ?
――――あなたにはこれより、ハコブネでの生活が保証されます。
――――あなたのお名前をお教えください
えっと、つまりアレだ。これ異世界転生って奴だ。
ウェブ小説でもアニメでも、散々使い古されたベタな展開に、俺は苦笑する。
名前か。名前ね。まあ、ストレートにフルネームでもいいんだけど、折角だし、ちょっとカッコつけようか。どんな世界かもわからないしな。
「俺の名前は、イオで」
――――承りました。次に、この世界でのあなたをお教えください
この世界での俺???
――――あなたは、この世界で望む姿になれます
――――どんな能力でも獲得することができます
――――無限の富、病まず、怪我とも無縁の身体を得られます
――――望むならば痛みを感じないことも可能です
これは何というか、転生チートものでよくあるタイプだ。
それにしたって、1話のプロローグで打ち切りになるレベルの至れり尽くせりだ。
ゲームバランスが崩壊して、原作者が4話ぐらいで投げ出すような設定だな。
だが、当事者の俺はそんなこと知ったことじゃない。欲望を詰め込んでやる。
そうだな、別に俺はハーレムを築きたいわけじゃない。折角だし、美少女になってみるのも面白いかもしれないな。
現実では女性特有の問題もあったが、案内人の言葉では、生理現象なんかも無効化できるようだし?
――――ハイ、ハコブネでは容姿や性別によるハンデを受けることはありません
――――また、排泄も食事も、生命に影響を及ぼすことはありません
面白い。
俺の“男”は未使用で終わったから、超イケメンに転生して男を使い倒してやってもいいのだが、生憎、俺には恋愛感情というものが希薄だ。
男という性別についてもそう。「男なら」とか「男らしく」という同調圧力が俺は死ぬほど嫌いだった。なぜなら、俺はそういった理想的な男像には程遠いから……。
勝負心や性欲が無いわけではない。ただ、そういった肉食系な生き方ができるほど、俺は野心に燃えていないだけ。
なら、俺が好みの見た目の美少女になってみるのもまた一興だ。
好きなように俺は見た目をカスタマイズする。ゲームではいつも女性キャラを使っていたが、こうして自分の身体になるというのも、なんだか不思議な感覚だな。
これは性欲ではない。性癖だ。
――――あなたのステータスが確定しました。
――――ハコブネへようこそ
----------
世界が光に包まれる。
次の世界は、どんな世界だろう。
この手の定石と言えばヨーロッパ風の街並みに魔法溢れる世界だろうか?ファンタジー要素を取り入れるなら牧歌的な村からスタートするということもあるだろう。
俺は、久々に心の底からワクワクしていた。
-------------
雨が降っている……。
目を開くと、そこは魔法の溢れる自然豊かなヨーロッパ風の世界観……などではなかった。
夜闇に吸い込まれるように乱立するガラス張りの高層ビル群と、空中に浮遊する巨大なスクリーンには、本日のトピックスのようなものが表示されていた。
「なんだここ……」
俺は、生前と同じように、冷たいアスファルトに寝そべっていた。
立ち上がってあたりを見回す。少なくとも、俺の知る時代や世界ではないのは確かだ。雲の上にも届きそうなガラス張りのビルは、無機質な青白い光を窓に灯している。
クルマの往来は皆無。なのに異常なまでに広い片側4車線の道路。LED……ではないな。ベタっとした発光体の街灯が照らすどこまでも続く街並み……。
人の姿は見当たらない。
「SF世界か。にしても、せめてもう少しまともな場所に下ろせよ」
毒づいてみるが、ビルに吸い込まれた俺の愚痴は誰の耳に届くことも無かったのだった。
「そういえば」
俺は思い出したかのように手近なビルのガラスの前に立ち、自分の姿を確認した。
「おおおお!!」
腰までかかる金髪に、切れ長な目には潤いを保った深紅の瞳が覗く。
身長が変わると生活に支障が出るだろうと思った俺は、生前と同じ167センチ程度に身長を設定したが、これが功を奏している。まるでモデルみたいだ。
体感10時間近く、見た目のカスタムに時間を使った甲斐はある。
俺はキャラクリエイトにはかなり凝るタイプなのである。
満足そうに鏡の中で金髪の美少女が頷くのを見ながら、視線を下ろす……
「って裸!!!?!?」
そう、全裸。
こんな都会の往来で、俺は生まれたままの姿で放置されている。とりあえず、何か着るもの!!!
「やあ、ハコブネへようこそ」
「うわっ!!!」
人気のない世界で、初めて聞く人の声。
驚いて振り向くと、誰もいない。
「下だよ」
言われたままに少し視線を下げると、そこには身長140センチにも満たない少女が立っていた。
体操服?にタボっとした白衣を羽織り、足元はスリッパを履いている。かなりアンバランスな服装だ。
薄紫の床まで届きそうな長いおさげ髪を揺らす少女。極太のまろ眉毛は、なにか哀れみを帯びてハの字になっていた。
眠たげに垂れた目元に、クリっとした金色の瞳がビルの光に反射して、やけに綺麗に光って見えた。
「まずは服を着た方がいいね」
「え?」
言われて自分の身体を見下ろすと、控え目な双丘が目に入る。
とっさに胸と股間を隠した俺をあざ笑い、彼女は後ろを向いて中空に手のひらをかざす。
「ダイレクトポータル」
彼女が囁くと、彼女の手の先に光の扉が現れた。
「ついてきたまへ」
「……」
「ただのワープポータルだよ。こういうの、ゲームとかでよくあるだろう?」
「ゲーム!? 何を言ってるんですか?ここは異世界じゃないんですか!?
なんでゲームを知って……いや、でも確かにこんな近未来SFならそういうのもあるのか?」
少女の言葉に戸惑いながらも、考えをまとめながら質問を投げかけた。
が、彼女からの返答を聞いて、俺は驚愕することとなる。
「何を言ってるんだか。かなりおめでたい勘違いをしているみたいだけど、この世界は異世界じゃない。
人類保管型電脳仮想空間。通称・ハコブネ。
君にわかりやすく言うならば―――フルダイブVRの世界だよ」
少女の言葉を整理すると、つまりこういうことのようだ。
トラックに跳ねられて金髪の姫騎士風美少女に異世界転生したと思ったら仮想空間だった……
to be continued
はじめてなろうで投稿するので勝手がわからず。よろしくお願いします。




