第15話 3つの部屋
教会の中に入っていく。正面の扉を抜けた先には横長の前室があり、その奥にもう1枚の扉がある。アルミナがその扉を開くと、赤道付近の国であるエデュスには似つかわしくない、澄んだ涼やかな空気があふれ出した。
アインたちを出迎えたのは石造りの身廊だった。カルパ教の教会は上から見ると十字の形になっている者がほとんどだが、身廊はその縦の部分だ。両脇には訪れた信者が座るための椅子が並ぶ側廊がある。
「古いな。メムノ式か」
フィアが感心した様子でつぶやく。耳慣れない言葉だ。
「メムノって?」
尋ねると、フィアの代わりにアルミナが答えた。
「教会の建築様式のひとつでございます」
「へえ……」
そりゃおれが知るわけないか、とアインは納得した。彼が父から学んだ神学は、カルパ教についてのものではなく、もっと古い時代のものだった。カルパ教の、ましてその建築についてなどはまったくの門外漢だ。
「メムノ式はカルパ教初期に用いられた建築様式だ」
フィアが周囲を見回しながら口を動かす。
「名前は始祖カルパの使徒のひとりだった大工である聖メムノに由来する。特徴はまず重厚な石造りであること」
そう言われて、アインは教会の造りに一切の木材が用いられていないことに気が付いた。側廊に立つ数本の柱は太く無骨で、壁もかなり分厚そうだ。アルバスの要塞を思い出す。
「なんていうか、ちょっと大げさな造りだな」
「初期のカルパ教は迫害の対象だった。教会は祈りの場であると同時に逃げ場所だったそうだ」
「ああ、なるほど」
講釈を聞きながら進んでいく。十字の横部分に当たる袖廊が左右に来た当たりでフィアが足を止めた。
「そして、これが祭壇だ」
身廊の終端には石の円卓があり、その上に太陽の彫刻──要するにただの石の球体だが──が乗っている。しかし、アインの目を引いたのはその奥の壁だった。
「ガラス……」
身廊の突き当りの壁が、縦一筋ガラス張りになっていた。建築様式同様に古いものらしく、曇ってしまって向こう側の景色はほとんど見えない。
「教会の正面は必ず西を向いている。つまり、反対側に位置するそのガラスからは朝日が差し込むというわけだ。昼の神が信仰の対象であるカルパ教らしい装飾だな」
フィアの解説にアインは感心した。彼女の知識にもだが、古い時代の人々の創意工夫にだ。朝、信者たちはこの教会にやってきて、身廊に差し込む日の光を浴びながら祈りを捧げる。それが何度も繰り返されてきたのだろう。
そして、そのサイクルは現代まで受け継がれているはずだ。
「この教会、今も使われてるんだろ? フィアが滞在する間はどうなるんだ?」
アルミナに尋ねる。すると、彼女はフッと鼻で笑った。
「当然のことをお聞きになるのですね」
「おれのこと嫌いすぎだろ……」
「お嬢様がご滞在の間、この教会は教皇庁によって接収されます。司祭も信者も立ち入りは許されません」
アルミナの態度はともかく、部外者が侵入できないというのはアインにとってありがたかった。教皇による魔竜討伐に対して強烈に反対する勢力がいるという話は聞かなかったが、それでもフィアを狙わない人間がいないとは限らない。
そういうイレギュラーな敵が一般人に紛れ込んでは面倒だ。だが、立ち入り禁止ならば楽だ。知らない顔はとりあえず殴ればいい。
そうして1階の案内が一通り終わると、アルミナは袖廊の階段に向かって歩き出した。アインはフィアと並んでその背中を追いかける。
階段を上ると少し雰囲気が変わった。1階にはなかった生活感のようなものが漂っている。暗い廊下に3つの扉。
「私は先日から真ん中の部屋に滞在しております。お嬢様は奥の部屋をお使いください。アイン様は手前を」
そう言うと、アルミナは手前の扉を開いた。部屋は狭く、簡素なベッドと棚がひとつずつでほとんど埋まっている。高い位置に小さな窓がある。と言っても、四角い穴が空いているだけだ。
「修道女の部屋ですので、少々手狭ですが。十分でしょう」
アルミナの言う十分は、ひょっとしたら当てつけか何かだったのかもしれない。しかし、アインは本心から十分な部屋だと思った。旅をしていたころは馬小屋に泊まることもあったから、それを思えば素晴らしい待遇だ。
ただ、気にしなければならないところが何か所かある。
「分厚いな」
扉を触りながらつぶやく。木製の扉は明らかに意図がある厚みを持っている。先ほどフィアが解説した、初期の教会が逃げ場所でもあったというところに由来するのだろう。
「なにか問題か?」
「ちょっと、もういっぺん階段を上ってきてくれるか?」
「うん? 構わないが……」
尋ねてきたフィアにそう頼むと、アルミナが眉間にしわを寄せて進み出た。
「アイン様。あなたの立場からお嬢様に対して頼み事などあってはいけません。意図はわかっておりますから、私が」
そう言うと、アルミナはさっさと1階に降りて行った。その背中を見届けて、アインは部屋に入って扉を閉じる。そしてベッドに横たわった。
目を閉じる。そしてリラックスする。いつも眠っているのと同じ状況に身を置く。それを少し続けて部屋を出た。
「なんだこれは」
「ちょっとした訓練だな」
尋ねてきたフィアにそう返し、廊下に戻ってきたアルミナに向き合う。彼女は少し目を細めてこちらを見ている。同じ戦う者として、挑戦の意思がひしひしと伝わってきた。
「2段飛ばした」
「……お見事です」
アルミナは唇を曲げ、悔しさを隠しもせずに称賛してくれた。フィアはなにがなんだかわからない様子だったが、少し考え込む仕草をみせたあと、あっと声を上げた。
「足音を聞いていたのか?」
「正解。もし忍び込むようなやつがいたときに、おれが気づけなかったら問題だからな」
「わたしは足音を消したうえで階段を2段飛ばし、フェイクを2度混ぜました。これを正確に当てるのであれば、侵入者の気配を逃すことはまずありません」
「はー……大したものだ」
フィアは心底感心した様子でそう言った。それが悔しかったのかもしれない。アルミナはすぐに歩き出して、こんどはいちばん奥の扉を開いた。
フィアが滞在する部屋、つまり普段はこの教会の司祭が用いている部屋は、質素ではあるが修道女の部屋と比べればさすがに広かった。一時的に滞在する分には十分以上だ。
しかし、アルミナとしては気に入らないらしい。
「お嬢様にこのような部屋をお使いいただくのは心苦しい限りです。エデュスには教皇庁の大使館がございませんので……」
「構わないさ。わたしも聖職者のはしくれだからな。質素倹約は身上だ。それに、このようなといってはこの教会の人間がかわいそうだろう」
そう言って笑うフィアに、こんどはアインが感心した。教皇の娘として相当の待遇の中で暮らしてきただろうに、彼女は旅の中で一切の不平を口にしなかったし、こうして部屋に文句を言うこともない。
「そう言っていただけると私も救われます。では、これから明日以降の予定を……」
「ああ、ちょっとまて」
話を始めようとしたアルミナをさえぎって、フィアはアインのほうに視線をやった。黄金の瞳がいたずらっぽく輝いている。
「アイン、もうわかっていると思うが、アルミナはきみのことが嫌いだ。父がわたしに旅の供を付けるという話をしたときに彼女も立候補したんだが、惜しくもきみに負けた」
「ああ」
それでか。思わず手を叩いてしまいそうなほど納得がいった。しかし、フィアはなにをしようと言うのだろうか。
「お嬢様?」
アルミナも気になったらしい。それか、嫌な予感がしたのかもしれない。
「おそらく、明後日以降は忙しくなります。それにお嬢様ご自身が、今日はお疲れになったと……」
「なに、時間はとらせない……アイン、わたしとしては、きみとアルミナには仲良くしてほしい。だから、まず彼女のことを知ってもらおうと思ってな」
アルミナの意見をばっさり切り捨てると、フィアは真ん中の扉の前に立った。すると、それまではあくまでも落ち着いている風だったアルミナが血相を変えてフィアの前に立ちはだかった。
「お嬢様」
「おや。きみほどの忠臣に道を阻まれるとはな。アイン、どかせ」
「ええ……? いや、なんか嫌そうにしてるし」
「きみは一応わたしの騎士ということになっている」
「……ゴメン」
心から騎士になったつもりはないが、不思議とフィアには逆らえない。アインはアルミナの腕を引いて扉の前からどかした。
扉が開かれる。その先にあったのは。
「うーん、相変わらずの趣味だな……」
フィアがこれまた感心した様子でつぶやく。
部屋はアインに与えられたものと同様に狭かった。いや、さらに狭いかもしれない。その狭い部屋はピンクに彩られていた。ベッドは無論、その隣の小さなテーブルも棚もその他小物もなにもかもピンクだ。
「あー……」
少女趣味。アインの脳裏に浮かんだのはその言葉だった。アルミナが手から逃れて勢いよく扉を閉める。
「お嬢様! 人の、人の趣味をあげつらうようなことは!」
「べつにバカにしてるわけじゃない。かわいいじゃないか」
「らしくなく、という枕詞を付けているでしょう!」
フィアはにやにや笑ってアルミナの怒りを受け流す。それからアインに向きなおり、
「とまあ、かわいいやつなんだ。多少態度が悪くても許してやってくれ」
とだけ言ってさっさと自分の部屋に入っていった。アルミナが怒りながら追いかける。
残されたアインはさきほど目に焼き付けた部屋を思い出した。その趣味もそうだが、ずいぶん狭い部屋だった。自分に与えられたものよりもさらに。アルミナは先にこの教会にやってきて、もっとも狭い部屋を選んだのだ。
フィアがいちばん広い部屋を使うのは当然として、選択肢はふたつあったはずだ。あの趣味を活かすにはすこしでも広い部屋のほうがいいだろうに。
なんとなく彼女の性格が見えたような気がして、アインはフィアの言う通り仲良くしようと思った。たとえ向こうから嫌われていてもだ。
そして、フィアの怒りを買うようなことはしないでおこうとも思った。




